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第百八十五話  いよいよ

インダーク帝国の宰相である、ニウロ・アマダは、馬車の窓から見える光景を無言のままじっと見つめ続けていた。国境を超えるとすぐに目に飛び込んできた黒い巨木……。あれが噂の、神の木か……。そんなことを思いつつ、リリレイス王国との会談の場所でもあるタンラの木をじっと見つめ、彼は心の中で神に祈りを捧げる。


周囲の心配をよそに、その心中は実に穏やかなものだった。彼自身も不思議なくらいに落ち着いている。……負ける気がしない、それが今の彼の偽らざる気持ちだった。


……リリレイスは、帝国とコトを構える気はないらしい。


彼は移り行く景色を眺めながら、そんなことを考えていた。もし、帝国と戦う意思があるのであれば、国内全体が威圧的なピリピリしたムードに包まれていることが多い。だが、この村はそんな雰囲気は微塵もなく、穏やかで平和な日常生活がそこにあった。これまで多くの国々を訪問し、交渉を行ってきた百戦錬磨の彼にしかわからない感覚――その研ぎ澄まされた感性が、この国は戦いを望んでいないことを告げていた。


……ただ、リリレイスは、己が国の有利になるように交渉を進めてくることは間違いないだろう。と、なれば、どのような条件を出してくるだろうか。彼はゆっくりと目を閉じながら考える。


そんな彼を載せた馬車は、粛々とラッツ村を進んでいくのだった。


◆ ◆ ◆


ちょうど同じ頃、屋敷ではメゾ・クレールがシーズたち部下を伴って、会談場所にやって来ていた。彼は機嫌の良さそうな笑顔を浮かべたまま、村を見下ろしている。その後ろでシーズはあちこちに目を配りながら、警戒体制を取っている。


『たった今、帝国の使者が国境を過ぎたようです』


俺の頭の中にクレイリーファラーズの声が響く。彼女には、村の鳥たちを使役して、帝国側を監視してもらっていた。監視と言っても、本当に情報を伝えるだけなのだが。ただ、宰相たちより少しでも早く情報を掴めれば、それだけ動きが取りやすくなる。それに、村では一般人に紛れた王国の兵士たちが警護している。ある意味で、ダブル警護を行うことで、万全の警備体制を整えているのだ。


「申し上げます。つい先ほど、帝国の使者が国境を通過しました」


「早ッ!」


……あ、いかん。思わず声が出てしまった。メゾ・クレールとシーズが不思議な表情を浮かべながら俺を見ている。クレイリーファラーズの報告と兵士の報告の速さがほとんど同じってどういうことだろうか。あの天巫女は、鳥たちの報告をすぐに俺に伝えているのだろうか……って、ヤツは一切俺と目を合わそうとしない。これは、サボっているな。おい、こっちを見なさいよ。仕事をしなさいよ。


だが、当の彼女はそっぽを向いたままで……あれ? 兵士たちに連れて行かれている。どうしたのだろうか……って、警備の邪魔だから別の場所に移動させられているのか。また、えらい場所に移動させられたな。あそこからじゃ会談の様子は見られないだろうに。あ、目が合った。……何で睨んでいるんだよ。あなたに俺を睨む資格などないだろう。


『ちょっと、どうして私がこんな所にいなければならないのですか! 宰相や変態野郎に言ってくださいよ!』


一体何を言えばいいのか。あの人を俺の隣に座らせろとでも言えと? それこそ不自然じゃないか。そんなことを思いながら俺は、両手を挙げて肩をすくめる。


「何をしているのよ」


俺の隣に立っているヴァシュロンが怪訝そうな表情を浮かべている。いかんいかん。周囲の目があることを考えねば。


俺はフッと息を吐いて心を落ち着かせる。しばらくすると、帝国の宰相を載せたと思われる馬車が、ゆっくりと丘を登ってきているのが目に入った。


「……あれだけ、か?」


シーズが小さな声で呟いている。確かに、国を代表する、しかも宰相なのだ。兵士を連れて万全の警備体制を敷くのが普通というものだろう。だが、メゾ・クレールは、その様子を相変わらずの笑みを湛えた顔で眺め続けている。


「あの馬車に宰相様が乗っているのかな? 襲われたらヤバくないか?」


「やばくない……ってどういう意味かしら?」


「あ、いや、うん、危険じゃないかなって」


「あれが、帝国のやり方なのよ。宰相クラスになると、襲われるのもその職務の一つだと考えているの。いたずらにリリレイス王国を刺激しないようにという配慮だわ」


「とはいえだな」


「もし、宰相様が襲われて命を奪われたら、それこそこの国の威光は地に堕ちるわ」


「……」


ヴァシュロンは満足そうな顔で、ゆっくりとこちらに向かって来る宰相の馬車を眺めている。何となくだが、これから起こることは、歴史に残る出来事になりそうな気がする。


馬車が丘を登り切り、屋敷のすぐ近くに停まった。しかも、その近くにはクレイリーファラーズがいる。俺は彼女に向かって手でそこから離れろと合図を出す。だが、彼女はシゲシゲと馬車を眺めていて、俺と目を合わそうとしない。


そのとき、馬車の扉がゆっくりと開き、白い髭を蓄えた小柄な男が降りてきた。その表情は穏やかだが、知性が表情に現れていて、一筋縄ではいかないような雰囲気を纏っている。


……いよいよ、リリレイス王国とインダーク帝国との会談が始まる。

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