表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
183/396

第百八十四話 準備完了

その日のラッツ村は、普段と変わらない様子だった。まさか、この村でリリレイス王国とインダーク帝国が、今後の両国の命運を左右するかもしれない重要な会談が行われるとは、誰も思わないだろう。そのくらい、この村は平穏さに包まれていた。


田畑を見れば、農夫たちが普通に畑を耕しているし、村の広場には、いつもとかわらず、村人や冒険者たちが行き交っている。そんな中、この村の領主たる俺の屋敷の中だけは、緊張感が張りつめていた。


「……」


「……何か?」


俺の目の前でクレイリーファラーズが、面倒くさそうに話しかけてくる。だが、俺はまったく言葉を発しない。


「何ですか? 何か言いたいことがあるのではないですか? 時間もありませんから、言いたいことがあるのであれば、早く言ってください?」


……言いたいことは、腐るほどある。だが、あまりにもありすぎて、頭の回転が追い付かないのだ。


「……何をやっているんですか?」


そんな中、やっと言葉を絞り出せたのは、これだけだった。そんな俺の言葉を受けて、彼女は大きなため息をつく。


「公の場に出るのですよ? 相応の格好をするのが当然でしょう?」


お前、何を言っているんだ? と言わんばかりに、彼女は目を見開いている。いや、だからって、その格好はないだろう。マリーアントワネットか。きっとウォーリアに無理を言って作らせたのだろう。これを作ってくれと頼まれたとき、彼はなぜ、止めなかったのだろうか。


彼女はまるでフランスの貴婦人のようなドレスを身に纏っている。はっきり言って似合わない。彼女の周囲だけ、かなり違和感があるのだ。


「それはそうですが、世の中、やっていいことと悪いことがあると思います」


「どういう意味でしょうか?」


……明らかに怒っている。俺の言葉の意味が通じないのは、何とも歯がゆい限りだ。俺は彼女との話をあきらめて、自分の準備を急いだ。


俺が用意した服は、ウォーリアが以前作ってくれた衣装だ。いわゆる、ちょっと小ぎれいな服というやつだ。本来、こうした会談の場には正装して出席するのが常識なのだが、あいにく俺はそんな服は持っていない。仕方がないので、前回、お見合いのときに着ていた衣装を引っ張り出してきたのだ。まあ、会談の席に同席するわけではないのだから、領主としてそれなりの服装をしていればいいだろうというハウオウルのアドバイスに従ったのだ。


「とってもお似合いです!」


俺の着替えを手伝ってくれていたレークが声を上げる。馬子にも衣裳とはよく言ったもので、我ながらいい感じに仕上がっている。鏡を見ながら自分の姿を眺めていると、誰かがやって来たようだ。それを察したレークが玄関に走っていく。


「やあ、いらっしゃい」


現れたのはヴァシュロンだった。彼女もどこで誂えたのか、見たことのない衣装に身を包んでいた。とはいえ、貴族の子女の正装とまでは言えず、俺と同じようにちょっと小ぎれいな衣装という程度だ。濃い青色が印象的だが、それが彼女の上品さを引き立てているようにも見える。彼女もまた、ウォーリアに衣装を作ってくれと頼んでいたそうで、彼はかなり忙しかっただろうなと、俺は心の中で彼に礼を言った。


「やっぱり、その衣装なのね。よかったわ」


俺の姿を見るなり彼女は安心したような表情を浮かべる。どうやら、俺の衣装に合わせてくれたようだ。そんな彼女も、俺の後ろに控えているクレイーファラーズの様子を見て、言葉を失っている。俺たちとは全く色が違う。色んな意味で、彼女が一番目立っている。


そんなことをしていると、シーズの部下たちが屋敷にやって来た。これから設営をするのだと言う。俺はよろしく頼みますと言って、彼らの労を労う。


会談の場所として指定されたのは、屋敷の庭、それも、タンラの木の下だ。そこにテーブルを並べて、会談を行うのだと言う。


タンラの木は、「神のデザート」と呼ばれる果実であり、この村に生えている木はその中でも格別に大きいものだ。生えるはずのない場所に生えているこの木は、神からの授かりものであると周囲には認識されている。その木の下で両国が約束を交わし合うということは、すなわち、神の前で誓い合うと同じ意味に取られるのだという。


さらには、この木の許では暗殺の類もかなり軽減されるとメゾ・クレールは考えているらしい。飛び道具などで狙ったとして、もし、この木に当たりでもしたら神の怒りに触れることになる。それ以前に、この木の下で人の命が奪われる、血が流れるなどと言う事態が起これば、それは神への冒涜となる。そう言った理由で、この木の下が一番安全であると、宰相は判断したらしい。この世界では神の存在は絶対的なもので、その権威は想像以上のものだ。あのおじいちゃんがねぇ……。などと俺は考えてしまうが、敢えて何も言わないことにする。


兵士たちはテキパキと会場を設営していく。その手際の良さは素晴らしいもので、ものの数十分の間に、以前の景色を思い出せない程の、見事な会場を設営したのだ。


「準備が完了しました。これから、宰相様たちにお越しいただきます」


兵士の一人が俺にそう告げて、足早に屋敷を後にしていった。いよいよ、両国の会談が始まるのだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] クレイリーファラーズが作り出した緊張感、という名のボケ、良いね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ