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第百八十三話 怖かった・・・

「あの企画書の中に書かれていること以外で、必要な物はありますか?」


柔和な表情を全く崩してはいないが、メゾ・クレールの声色が少し落ち着いたものに変わっている。その様子に俺の背筋は震えた。本能的に、この人はとんでもない男だと感じた。


「特にないんじゃない? 私たちも警備のことについては素人だわ。必要なもの……というより、必要かどうかさえもわからないわ。その辺は、準備をしながら整えていく形でいいんじゃないかしら?」


ヴァシュロンが落ち着いた声で口を開いている。この宰相を目の前にして、よく落ち着いていられるな。なんて女子だ。


そんな彼女の様子を、メゾ・クレールはじっと見つめながら、大きく頷いている。そして、元の柔和な表情に戻り、さらに言葉を続ける。


「承知しました。それでは、準備はこちらで行うことにしましょう。また、何か不明点があれば、その都度質問させてください」


その言葉に俺もヴァシュロンも頷く。彼はスッと後ろに控えたシーズに視線を向け、何やら小さな声で指示を与えた。


「宰相様……」


突然シーズが呆れたような表情を浮かべる。その様子を見ながら彼は鷹揚に頷いている。


「インダーク帝国との会見ですが、是非、あなた方も出席なさるといいでしょう。あなた方は両国をここまで導いた功労者です。この会談の成果を見守る資格があります」


「えっ、いや、俺は別に……」


「ありがたい話だわ」


戸惑う俺の隣で、ヴァシュロンが即決・即答している。その様子にメゾ・クレールは笑顔のままゆっくりと頷く。


「そうなされるのであれば、ヴァシュロン様、あなたが今、お使いいただいているお部屋をお出になる必要はございません。どうぞ、今まで通りお使いください」


「どういう意味かしら?」


「こちらのシーズが、私に気を遣うあまり、準備を万端にしすぎたようです。私の意図としましては、女性を追い出してまで自らの身を守ろうと言う気持ちはありません。兵士たちと共に過ごすことといたします」


「もし、あなたが襲われでもしたら、今回の会談は水の泡となるのよ? そう思って彼は万全の警備体制を整えようとしたのに、その思いをあなたは踏みにじるのかしら?」


「ハッハッハ、これは手厳しい……。そうですね。シーズたちの気遣いには感謝しています。そして、その案を受け入れてくれたヴァシュロン様、あなたにも感謝しております。ですが、冷静に考えてみて、あなたがあの部屋を出るとなると……相当のご負担がかかるかと思います。それ故、私はあの部屋をお使いいただいて構わないと申し上げたのです。私の身は私自身で守りたいと思いますし、また、シーズたち部下と一緒にいた方が、何かと便利ではあるのです。そうした理由により、お出になる必要はないと申し上げた次第です」


「……わかったわ」


ヴァシュロンの返答に宰相は大きく頷く。そして、ゆっくりと立ち上がると、再びシーズに目配せをして、彼を立たせた。


「それでは、私は一旦、失礼を致します。突然の来訪、申し訳ありませんでした」


そう言って彼は踵を返して屋敷を出ていった。俺はその後姿を呆然と見送った。


「……」


不意に隣に座っているヴァシュロンが声にならない声で、大きく息を吐き出していた。何やらうっすらと汗をかいているようだ。


「どうした? 大丈夫か?」


「……怖かったわ」


「え?」


あまりにも予想外の返答が返ってきたために、思わず固まってしまう。怖い? あれだけ堂々と宰相と渡り合っていて、怖いも何もないだろう。むしろ、俺が震えあがっていたくらいだ。


「あのメゾ・クレールって人……。相当恐ろしい人だわ。あなたも感じなかった?」


「ま……まあ。頭はいいなとは感じた」


「きっと、帝国との会談は、あの人の思い通りに進むような気がするわ」


「マジで?」


「ここに来たのも、私を追い出さなかったのも、きっと会談を有利に運ぶためよ。私を丁重に扱うことで、帝国に無言の圧力をかけようとしているんじゃないかしら。インダークは基本的に女性を丁寧に扱うことをよしとしているわ。それだけに、私を丁寧に扱い、会見の場に同席させることで、リリレイス王国には戦争を起こす気はないという姿勢を見せながら、いざとなればこの私の命も奪える、ひいては帝国の息の根もとめられるという姿勢も見せたいのでしょうね」


「……う……。そこまでのことは俺にはわからないけれど、確かに、ものすごく緻密な計算をしているんだろうなというのは、何となく伝わったよ」


「シーズもかなりの切れ者だと思ったけれど、メゾ・クレールはそれをはるかに超えるみたいね。まるで、お化けだわ。……宰相様は、大丈夫かしら」


「……」


俺はかける言葉が見つからずに、沈黙してしまう。そんな俺をチラリと見た彼女は、再び小さなため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「でも、会見の場に同席が許されたのは、予想外だったわ。ただ……それも、メゾ・クレールの計算なのでしょうけれど……」


ヴァシュロンはそんなことを呟きながら、後ろに控えていたパルテックに視線を向け、一旦部屋に帰りましょうと促した。その彼女の顔は青ざめていた。


結局、メゾ・クレールからはその後、何の接触もなく、ついにインダーク帝国との会談の日を迎えたのだった……。

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