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第百八十一話 別に、イヤじゃないよ

数日後、ラッツ村には妙な緊張感が走っていた。一見するといつもの通りの村なのだが、何となく雰囲気がおかしいのだ。それに敏感に気が付いたのがワオンで、彼女は明け方前から起き出して外に出て、じっと村の方向を眺め続けたのだ。


何度か彼女を促して屋敷の中に入れると、そこから彼女は俺にくっついて離れなくなった。少しでも離れると、にゅーにゅーと寂しそうな鳴き声を上げる。こんな様子は初めてだった。


一方で、クレイリーファラーズは肝が据わっている。そんな空気などお構いなしに、いつもと同じように振舞っている。何だか、村の様子がおかしいと思いませんか? という俺の問いかけに対する彼女の答えが振るっている。


「それが、何か?」


……正直、彼女のズ太さが羨ましく思う。俺もこのくらい無神経に生きられたら、どんなに楽な人生が送れることだろうか。


「……いいですね。俺も、あなたのようになりたいですよ」


「じゃあ、あげましょうか? クレイリーファラーズの名前」


「……そういうことじゃないのですよ」


朝から疲れる会話を交わしてしまった。


村の雰囲気がおかしかったのには、理由があった。シーズが連れてきた兵士たちの動きがおかしかったからだ。彼らはやたらと鋭い目で村をうろつき廻る一方で、農家から食料を買ったり、村の外に出て魔物を狩りに行ったりしていたのだ。彼らのいつもとは違う緊張感とその行動に、村人たちも戸惑いを隠せなかったのだ。


一体何を企んでいるのか、一度、シーズに話を聞かねばならないと思っていたところに、彼が現れた。俺の心を読んでいるのか、何とも不気味な人だ。


「……随分と早いお越しですね」


「ああ、先にお前に伝えておこうと思ってね」


「はあ……」


「ヴァシュロン嬢がいると、色々と時間がかかりそうだ。生憎今日の私には時間がないのでね」


「そうですか……」


俺は思わず苦笑いを浮かべる。


「本日、宰相、メゾ・クレール様がこの村にお見えになる」


「え?」


「おそらく昼過ぎに到着されるだろう」


「はああ」


ようやく兵士たちの様子がおかしい理由がわかった。なるほどね。大将が来るのか。


「あの……俺はどうすれば?」


「いや、何もしなくていい。用事があれば呼ぶ。……いや、一つあるな」


「何でしょうか?」


「避難所にある村長の館、あれをしばらく借りたい」


「ええっと……」


「従って、あそこに逗留しているヴァシュロン嬢は、移動してもらわねばならない」


「そんな無茶な」


「無茶かい? 村には宿屋があるだろう。会談が終わるまで、そちらに移ってもらうのだ」


「それを、俺が伝えるのですか?」


「ああ、頼む」


そう言って彼は踵を返して、屋敷を出ていってしまった。ヴァシュロンがパルテックを伴ってやって来たのは、その後すぐのことだった。


「もしかして、シーズに会った?」


「ええ。ずいぶん機嫌がよさそうだったけれど。一応、挨拶だけはちゃんとしておいたわ」


「機嫌がよかったか……」


「何よ?」


俺は先ほどシーズから言われたことを話す。


「じゃあ、宿屋に移らないといけないわね。パルテック、一旦帰りましょう」


「ですが姫様」


「仕方がないわ。宰相の宿泊所にするのなら、沢山の兵士を連れて来るに決まっているわ。パルテックはそんな男ばっかりの中で暮らしたいわけ?」


「そうは申しませんが……」


二人がそんな話をしていると、レークがヴィヴィトさん夫婦と共にやって来た。


「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


いつものように元気に彼女は登場する。この屈託のない笑顔は、心をホッとさせてくれる。そんな彼女は俺たちの様子に気が付いて、何かありましたかと聞いてくる。そして、ちょっと考える素振りをしたかと思うと、ポンと手を叩いて、事も無げにこんなことを言ってのけた。


「こちらのお屋敷に移ればいいじゃないですか?」


「え?」


「お屋敷の二階の部屋は空いていますし、ヴァシュロン様とパルテック様がおいでになっても、問題はありません」


「いや、レーク。若い男女が一緒にというのは……」


「問題がありますでしょうか? もし、差支えなければ、その宰相様がお戻りになるまで、私もこちらに泊って、お世話します」


「おお、それはよいのう。レークは気が利く子じゃ。この子がいれば、ヴァシュロン様も安心じゃろう」


ヴィヴィトさんが満面の笑みで頷いている。俺は戸惑いながら、周囲を見廻す。


「ええと……その……」


「あの……ご迷惑でしたか? すみません、私……出しゃばったことを……」


レークがしょんぼりと項垂れる。俺は両手をブンブンと振りながら、必死で言葉を絞り出す。


「いやいや、そんな、迷惑だなんて。俺は別に来てもらうことに関しては、全く問題ないと思っている。全然、大丈夫です。大丈夫……ですよ?」


そんなことを言いながら俺は、ヴァシュロンに視線を向ける。彼女はあさっての方向を見つめながら、何かを考えていたが、やがて俺に視線を向け、目をじっと見つめながら、落ち着いた声で口を開いた。


「では、お世話になろうかしら……。ご厚意、感謝いたします」


彼女はスッと俺に頭を下げた。その振る舞いは、実に優雅なものだった……。

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