第十八話 収穫②
「ノスヤ様もお人が悪い。御用商人をお呼びであれば、先に言っていただければ……」
村長がそんなことを言ってくる。口元は笑っているが、目は笑っていない。ちょっと、怖い……。
俺は何と答えていいのかわからずに絶句してしまう。そのとき背後でまた、クレイリーファラーズの声が聞こえた。
『貴族が自分の領地の収穫物を売るときには、御用商人に売るのが一般的です。そうしないと、本家から収穫物をどこに売ってどれだけの収入を得たのかを報告しないといけなくなります。それができないと、最悪、この領地からあなたは追われることになります』
……マジか? この村長、とんでもねぇヤツじゃないか。危うく俺はハメられるところだったんじゃないのか。
『これまではこの村の収穫物の売買は、村長が行っていました。本家への報告も、です。ですが、この村長は、売り上げをごまかして報告をしています』
……最悪じゃん、それ。
「何か仰いましたか?」
「ああ、いえ。確かに、先に村長に相談すればよかったですね」
「……まあ、次は、私にご相談ください」
ニコリと微笑む村長から俺は、無言で目を逸らした。
『まあ、どこでもある話ですので、珍しいことではありません。ただ、村長にしてみれば、作物を売買することで生まれる莫大な利益がなくなったのですから、心中は穏やかではないですよね。でもこれでよいのです。彼に不正に流れていた利益が、本来あるべきところに戻るのですから』
クレイリーファラーズの言う通りだ。このオッサン、かなりのクセ者のようだ……。そんなことを考えていると、収穫物の査定は終わり、オウトは一枚の証明書と金貨の入った袋を渡してきた。
「中をお検めください……。もし、不都合ございましたら、いつでも仰ってください。それでは」
そう言って彼らは風のように去っていった。ちなみに、俺が受け取った金貨は100枚、日本円にして約一億円もの金額だった。
「今年は豊作でしたから、かなりの儲けになったのではありませんか」
俺が金貨の入った袋を覗いていると、村長が話しかけてくる。本来は自分の懐に入る予定であった金も、この袋の中に入っているのだ。彼としては心中穏やかではないだろう。
「ええ、俺にはよくわかりませんが、予想以上であったことは確かですね。それにしても、収穫をしていただいた皆さんには本当にお世話になりました。ありがとうございます」
俺は集まった農民たちに向けて礼を言う。彼らは、俺の行動があまりにも予想外のことであったかのように、目を丸くして驚いている。そんな俺の様子を、村長は呆れたような顔で見つめている。
「ところで村長、収穫を手伝っていただいた方々には、何かお礼をするのですか?」
彼は、一体何を言っているんだという雰囲気を醸し出しながら、ゆっくりと口を開く。
「いいえ、特にはございません。この者たちには既に、領主様の畑から収穫した作物のおよそ半分を分け与えております。それ以上の施しは無用かと思いますが。どうしてもお礼がしたいのでしたら、収穫祭を開催してはいかがでしょうか?」
「……ええ!? 本当ですか?」
村長が何故かドン引きした表情を浮かべている。何なんだ、コイツは? といった雰囲気だ。俺は何も村長に言ったわけではない。クレイリーファラーズの声に驚いていたのだ。彼女が話した内容は、こんな感じだった。
ラッツ村の農地は全て領主の所有物であり、そこで働く約50軒の農家ついては、1軒あたり100m×100m(1ヘクタール)程度の田圃と畑と果樹園を領主から貸し与えられている。その税金や小作料は、領主から貸し与えられている田畑と同じ規模の田畑に、農作物を栽培し、その収穫物を納入することらしいのだ。つまり、農民たちには労役が課せられているというわけだ。
つまり、ラッツ村の農地は1000m×1000m程の田圃と畑があり、領主の収入になる田畑は全体の3割を占めている。村の運営のために、領主から村長が管理を任されている田畑が全体の2割あり、残りの半分は、領主から農民に田畑が貸し与えられているのだ。
貸し与えられている農地が広大であるために、農民は基本的に自給自足の生活をすることが可能で、本来なら借金などをする事はないのだが、数年前に大凶作があり、その影響で村長に借金をしているのだった。しかも、その利子はかなり高く、なかなか元金が減っていないらしいのだ。俺は、必死で収穫を手伝ってくれた農民たちを、何とか助けてやれないかと思いながら、村長に口を開いた。
「彼らって、もしかして、村長に借金があるのですかね?」
「……」
彼は俺の話の意図が呑み込めないためか、黙ってしまった。俺が藪から棒に借金の話を口にしたためか、集まった農民たちも固唾をのんでこの様子を見守っている。
「いえね、ちょっと興味があったのです。ちょうど、この村の方々がどのくらい村長に借金があるのかを調べようかなと思っていましてね。いや、ない話だと思うのですが、この方々たちは税を納めても、かなりの収穫物を手にしていますよね? でも、借金があったら、そこから借金を払わなければならないのでは? もしそうなら、とても大変じゃないかなと思ったのですよ。すみませんが皆さん、村長に借金のある方はどのくらいいますか? 手を挙げていただけませんか?」
彼らはしばらく顔を見合わせていたが、やがておずおずと手を挙げ始めた。結局、そこにいた全家族が村長に借金をしていたのだった。俺は再び村長に向き直る。
「総額……どのくらいになります?」
「そんなことをお知りになって、何をなさるつもりです?」
「いえ、額によっては、税率を下げなきゃいけないかなと思うのですよ」
「そうしたことは、私が全て行いますので、ご心配には及びません」
「村長だけに全てを負担させるわけにもいかないでしょう。総額……どのくらいですか?」
彼は苦々しい顔をしていたが、ぽつりと小さな声で呟いた。その額、およそ金貨100枚。作物の売り上げとほぼ同額だった。俺は袋の中の中から50枚の金貨を取り出し、村長に差し出す。
「これは?」
「こちらの方々の借金を買い取ります」
「え?」
「私が領主になったお祝いです。彼らの借金の半分くらいですか。買い取ります。後で結構ですから、彼らの借金がどのくらいあり、返済額がどのくらいになるのかを報告してくださいね。あ、借金額は実は調べてみると金貨100枚を遥かに超えていました、というのはナシにしてくださいね。あと、今年の借金返済の催促はしないであげてくださいね」
村長は黙ってその金を受け取り、踵を返して帰っていった。村人たちは俺の振る舞いに驚愕しながらも、大喜びで家に帰っていった。さすがにちょっと大盤振る舞いが過ぎたかもしれないと思ったが、手元には5000万円程残っている。これだけあれば十分1年間は暮らせるだろうし、まだ、食糧庫には余るほどの物資がある。最悪の場合は、これを売ればいいのだ。
結果的に、俺のこの振る舞いと考えは、吉と出た。
次の日、何の気なしに窓の外を見ていると、昨日収穫したばかりの畑に多くの人の姿があった。一体何事かと思い、慌てて村まで降りてみると、そこには驚愕の光景があった。
何と、村人が来年の種まきに向けて、農地を耕し始めていたのだ。目を丸くする俺に、彼らは笑顔でこう言った。
「毎年やっていることですよ。でもね、今年は領主様が沢山のお給金をいただきましたので、早めにやろうと思いましてね。ええ、心配いりません。ここの畑は、我々がしっかり管理していきます。何も心配しないでください。来年も、豊作にして見せますよ!」
真っ黒に日焼けした壮年の男は、白い歯を見せてニカッと笑った。
「それにしても、なかなかやりますね。わずか一日で村人の心をつかむとは」
クレイリーファラーズが話しかけてくる。当然彼女の姿は村人たちに見えないようになっている。
「いや、クレイリーファラーズさんの助言のお陰ですよ。俺はただ、お礼をしたかっただけです」
「この世界ではありえないことですよ? 収入の半分以上を村人に与えるなんて。でも、それがこんなことになるのですね。私も、勉強になりました」
「だって、あれだけの食料ですよ? 保存できないでしょ?」
「神の小手があるでしょう。あそこにならば無限に収納できますし、くさることはありませんよ?」
「あー。その手がありましたか」
「まあ、屋敷の貯蔵庫に運び込まれた物だけでも、テルヴィーニにあとで収納しておきましょう」
「そうですね。それにしても、よく御用商人に連絡ができましたね。いつ連絡したのですか?」
「ここに来た当日です」
「え?」
「既に作物は実っていましたからね。早い方がいいと思ったのですよ」
「あの……昨日来たオウトさんの住んでいる町は、近いのですか?」
「ええ、馬で一日です」
「馬で一日?」
俺は頭の中で考えてみる。だが、どう考えても、計算が合わない。何かテレポーテーションのスキルでも持っているのだろうか?
「あの……それでしたら、計算が……」
「ああ、私は鳥を使役できるのです」
「鳥?」
「はい。森にいたワルコシダ……。ええ、鳥の中で最も速く飛ぶことのできるのです。彼に声をかけて、手紙を持って行ってもらったのです」
「……なるほど。さすが天巫女ですね」
「中途半端な能力ですけれどね」
「なぜ、鳥を使役できるのです?」
「ああ、人間として生きていた頃、鳥を飼うのが趣味だったのです。森の中に家がありましてね。そこに巣箱を設置して鳥に巣を作ってもらい、彼らを観察するのを楽しみとしていたのです。お蔭で天巫女に転生したときに、鳥を使役できる能力が備わったのです」
「すごい能力じゃないですか!」
「そうでしょうか? あまり役には立たないと思うのですけれどね。そんなことより、私たちも帰りましょうか」
「そうですね。お腹がすきましたし」
そう言って俺たちは屋敷に帰った。この日以降、村人たちは、俺とまるで昔からの友人のように打ち解けてくれるようになり、俺はさらにこの村に居心地の良さを感じるのだった……。
 




