第百八十話 もっと丸投げ
「言わせておけば勝手なことを! メゾ・クレール様に直接提案すると言ったな? そんなことをしても無駄だ。この村の警備計画は、私に一任されている!」
これまで抑えていた感情を爆発させるかのように、シーズは声を張る。こんな怒りをあらわにした彼を見るのは初めてだ。だが、思っていたほどに迫力はない。今まで、怒りを抑えながら話していた方が、どこか不気味な雰囲気を醸し出していて、恐ろしさを感じたくらいだ。
そんなことを思いながら俺はじっとシーズを見つめる。彼はそんな俺には目もくれず、ヴァシュロンを睨み続けている。
「座って」
まるで命令するかのように、ヴァシュロンが落ち着いた声でシーズに話しかける。
「あなたと喧嘩をしに来たわけじゃないわ。そもそも、今日のこの日は何のための日なのかしら? あなたは、何のために私たちのところにやって来たのかしら? それを思い出してちょうだい」
シーズのこめかみがピクピクと動いている。彼の右手が腰に差している剣の柄にそっと添えられていることに気が付いた。
「今日は、話し合いをするの。大声を上げて、私たちを脅す時間じゃないはずよ」
「ノスヤ、こんな小娘に随分と生意気な口を利かれているぞ。お前はどう思うんだ?」
俺を一切見ずに、シーズは吐き捨てるように口を開いた。その態度は、実に癪に障るものだ。
「図星、だったのですかね?」
「……どういう意味だ?」
「メゾ・クレール様に直接、俺たちの意見を伝えられると、あなたの案が退けられるかもしれない。そうならないために、色々と策を考えてきた。でも、ヴァシュロンに一番やって欲しくないことを言われてしまった。だから、そんなに怒っているのでしょうか?」
「ノスヤ……お前まで……」
「いえ、勘違いしないでください。俺はどちらの案もよいものだと思っています。どちらもよいからこそ、解決策が見いだせないで悩むんです。しかも、お互いが自分の案が一番いい、正しいと思っていては猶更です。と、なれば、公平な目を持った第三者が判断していただくのが一番いいと思うのです」
「ご領主様の言う通りだわ。私も、あなたも、自分の案が一番いいと思っているのよ。少なくとも私は、自分の案が一番いいと思っているわ。今の状況では、正しい判断はできないわ。そうなれば、第三者に見ていただくのが一番だわ。違う?」
「……」
シーズは無言のまま俺たちを睨みつけている。そんな彼の姿を見ながら、俺は静かに頭を下げる。
「生意気なことを言っているのは、重々に承知しています。この会談の大切さもわかっているつもりです。ですが、私にも、村人を守らなければならない立場というものがあります。その点を汲み取っていただいて、どうか、宰相様にお取次ぎをお願いします」
俺の言葉を聞き終わると、シーズは無言のまま踵を返して、屋敷を出ていってしまった。
「やるじゃない」
不意にヴァシュロンの声が聞こえた。俺は思わず彼女の顔を見る。その瞬間、ものすごい笑顔を浮かべた彼女の顔が近づいてきた。
「言いたいことを言った後で、頭を下げて下手に出る。ああされると、シーズのような自尊心の高い男は、あなたの話を聞かざるを得なくなるわよね?」
「いっ……いや、俺はそこまでは……」
「謙遜しなくていいわよ! これで、私たちの意見がメゾ・クレールのところまで上がるわ。勝負はそのときよ」
彼女はそう言いながら俺の両手を握る。
「……ちょっと、何で目に涙を浮かべているのよ? そんなに私が嫌い?」
「だから、苦手なんだって……」
俺の話を聞いたヴァシュロンは、ゆっくりと顔を俺から遠ざけていく。そして、小さなため息をつきながら、ゆっくりと玄関に向かって歩いていく。
「どこに行くんだ?」
「一旦、部屋に帰るわ」
「昼飯は?」
「パルテックを連れて来るから、お願いしていいかしら」
「ああ、わかった」
そう言うと彼女は再び玄関に向かって歩いていく。扉の前でふと踵を返した彼女は、小さな声で、まるで呟くように口を開いた。
「あなたの手……意外と、温かいのね」
「え?」
「何でもないわ。それじゃ」
そう言って彼女は屋敷を出ていった。
俺は一旦村に下り、ハウオウルの許を訪ねて先程の顛末を話した。彼は大きな口を開けて笑いながら、満足そうに頷いた。
「カッカッカ! よいよい。それでこそご領主じゃ。あなたの言われていることは間違ってはおりませんぞい」
「ええ。俺も、そう思います」
「まあ、兄上のことは心配いらん。ああ見えてあのお方もバカではない。そりゃ、要人たちの警備が上手くいき、この村も発展していくのが一番じゃからの」
「その割には、俺たちの意見は完全否定でしたけれど」
俺の話に、ハウオウルは再び大声をあげて笑う。
「ファッハッハッハッハ! それはな、ご領主の案が兄上のそれより優れていたからじゃ。自身の頭脳に絶対の自信を持つ者にとって、自分を超える意見を出されれば……焼きもちを焼くのが当然というものじゃろう」
「そんなものですかね」
「まあ、宰相のメゾ・クレール殿に裁定を委ねたのはいい選択じゃ。きっと、双方の顔が上手く収まるようにして下さるじゃろう」
「はあ……。で、あればいいのですが……」
「まあ、ご領主はドンと構えていればいいのじゃ」
そう言って彼はニッコリと笑う。その笑顔は俺の不安を鎮めるのに十分なものだった。俺は彼に丁寧に礼を言って部屋を後にしようとする。そのとき、不意に彼から呼び止められた。
「ご領主」
「はい、何でしょう?」
「あのヴァシュロンというお嬢さん、ご領主とはいい相性じゃな。イヤでなければ、ご領主の嫁にしてはどうじゃ?」
「ご冗談を」
俺は苦笑いを浮かべながら、屋敷へと帰った。




