第百七十八話 丸投げ
「それならばノスヤ、お前が警備計画を立ててみるといい」
「え? 警備……計画?」
「どうやらお前と……ヴァシュロン嬢の頭の中では、明確な警備体制が描けているようだ。ちょうどいい。我々にも参考になるだろうから、やってみるといい」
そうは言うものの、シーズの全身からは、何となく怒りのような負の感情が伝わってくる。どうやら、彼のご機嫌を完全に損ねたようだ。
「いや、別に俺の頭の中には、完全な警備計画などは……」
「作ってみるわ」
突然、隣のヴァシュロンが声を上げる。
「おい、何を言っているんだ!?」
「作ってみろって言っているんだから、作ってみればいいじゃない。別に、私たちの案が絶対ではないんだから。もし、彼らの参考になるのなら、儲けもんじゃない?」
「いや、でも、作ったけれど、こんなもの参考になるかって言われたら……」
「そのときはそのときよ」
「プッ……プラス思考だなぁ……」
俺たちのやり取りをシーズは無表情で眺めている。そして、大きなため息をついたかと思うと、彼はゆっくりと立ち上がった。
「我々としてもそう時間はない。二週間後には、宰相であるメゾ・クレール様がこの村にお見えになる。そのときまでに準備を完了させたいんだ。だから、そうだな……。三日後、三日後までに警備計画の案をまとめておくれ」
そう言って彼は踵を返して、屋敷を後にしていった。
「三日……」
俺は茫然と呟く。隣のヴァシュロンに視線を向けてみると、彼女はうれしそうな表情を湛えながら鼻を膨らませている。そう言えば彼女は、軍の司令官の娘だ。父親の仕事ぶりを傍で見ていたのかもしれない。もしかしたら、そんなこともあって、警備計画の作り方を知っているのかもしれない。そう考えた俺は、一縷の望みをかけて彼女に話しかける。
「あの……つかぬことをお伺いしますが、あなたは、警備計画というのを作ったことは……」
「ないわよ」
ないんかーい!
呆然となる俺を、ヴァシュロンは全く気にかけることなく、楽しそうに視線を宙に泳がせている。そして、クルリと後ろを振り返ると、俺たちから離れた場所で椅子に座っていたパルテックに声をかけた。
「パルテック、私が案を出すから、あなた、それを書き取ってまとめてくれる?」
「そう言われると思っておりました。ですが姫様、私も年でございますから」
「わかっているわ。何も私の言葉のすべてを書き取れとは言わないわ。要点だけ書き取ってくれればいいのよ」
「仕方がございませんね。ですが姫様、あまりお相手の心象を害することは……」
「わかっているわよ。ちょっと反省したわ。さあ、時間がないわ。パルテック、こっちに来てちょうだい」
彼女に促されるように、パルテックはゆっくりと立ち上がって、俺たちのテーブルにやって来た。そして、レークに紙とペンを持って来るように丁寧に頼んだ。
「さあ、案を出し合うわよ。心配いらないわ。パルテックは手紙の代筆をさせれば天下一品よ。きっと、私たちの話も上手にまとめてくれるわ」
「本当に、招待を受けた舞踏会に何度お断りの手紙をお書きしましたやら……」
そんなことを言いながらパルテックはため息をついている。
「えっと……その案って、俺も、出すの?」
「当り前じゃない!」
ヴァシュロンが両手を腰に当てた状態で立ち上がる。そして、グイッと俺に顔を近づけてくる。
「あなたはこの村のご領主様なんだから、案を出すのは当然でしょ?」
「い……いや、そうは言っても……」
「いいのよ! まずは二人でこの村をどうやって警備するのかを考えればいいのよ」
「は……はあ……」
頭の回転が速いのか、それとも単なる向こう見ずなだけなのか、俺はこのヴァシュロンという少女の行動力に戸惑いながらも、彼女と議論を交わすのだった。
「……!?」
日も暮れようとしている時間。屋敷に帰ってきたクレイリーファラーズは、ダイニングの扉を開けた瞬間、言葉を失った。何と、ノスヤとヴァシュロンが体を寄り添わせ、顔をくっつけるようにして、二人でボソボソと話し込んでいたのだ。彼女はそっと踵を返して屋敷を出ていこうとした。
「きゅ? んきゅ?」
振り返ると、キッチンの入り口からこちらを覗き込むワオンの姿があった。その声に、テーブルに座っている二人も思わず振り返り、そして、玄関の方向に視線を向けた。
「ああ、おかえりなさい。あれ? もう日暮れじゃないか……」
「あ、私は出かけますので、どうぞごゆっくり」
「出かける? 何を言っているんです?」
「いやいや、お二人の邪魔をしてはいけませんから。どうぞ、ゆっくりじっくりたっぷりと……ね?」
「……何ちゅう目をしているんですか。いや、警備計画のことについては、かなり煮詰めることができました。ちょっと考えすぎたな」
そう言って俺は、頭を左右に振る。
「お腹がすいてきましたね。夕食を作りましょうか。クレイリーファラーズさんも食べるんでしょ? いらないのなら、作りませんけれども……」
「……いる」
「じゃあ作りましょうか。ヴァシュロン、君も夕食を食べていくといい」
「わかったわ。ありがとう」
「ワオン、お前もお腹がすいただろう?」
「きゅっ」
「じゃあ、今夜は肉でも焼くか。あ、パルテックさん、お肉焼きますけれども、大丈夫ですか?」
パルテックに視線を向けると、彼女は椅子に座りながらコックリコックリと居眠りをしている最中だった。俺はヴァシュロンを顔を見合わせながら笑みを交わす。そんな中、クレイリーファラーズの、早く肉を焼きましょうの一声で、いそいそとキッチンへと向かうのだった……。




