第百七十七話 対決
「あなたは帝国とこの国の会談が、どんな終わり方をすればいいと考えているわけ?」
ヴァシュロンの毅然とした態度に、シーズの姿勢がスッと伸びる。その表情からは、彼女を論破してやろうといったような雰囲気を感じる。頼むよ二人とも。ケンカしないでくれよ……。
「それは当然、両国の関係が戦争状態に陥らず、和平を結ぶことですよ」
「互いの感情はどうかしら?」
「感情?」
「そう、感情よ。お互いがどんな気持ちになればいいと思っているわけ?」
「……」
シーズは腕を組んで考え込んでしまった。まさか、条約が締結したときの感情まで聞かれるとは思わなかったようだ。俺は息を呑んで二人のやり取りを見つめる。
「お互いが、穏やかな感情になれれば、いいと思わない? お互いが心の中に、変なしこりを持つよりは」
「それはそうです。そのために我々は、入念に準備をしているのです」
口調は穏やかだが、シーズの雰囲気からは、この小娘は何を言っているんだという感情が伝わってくる。彼のことだ、きっと、敢えてこんな雰囲気を醸し出して、早くこの面倒くさい話を終わらせようとしているのだろう。だが、ヴァシュロンはそんな彼の意図を完全に無視するかのように、言葉を続ける。
「その割には、お粗末じゃないかしら?」
「ほう、お粗末とは、その理由を承りましょうか、ヴァシュロン嬢」
シーズ怖ぇ。お願いだから、彼をこれ以上怒らせないで……。そんな俺の願いも空しく、彼女はさらに言葉を続ける。
「考えてもみなさいよ。この村の全員を警備に当ててしまったら、それはそれは威圧的な雰囲気になるじゃない」
「それが我々の狙いです。蟻のはい出る隙間もない程の人間でこの村を、会場の周囲を固めることで、この会談を邪魔しようとする者の心を折るのです」
「つまりそれは、インダーク側の心も折る、ということかしら?」
彼女の質問に、シーズは微笑みを湛えたままヴァシュロンを見つめている。
「それじゃ、両国の間にしこりが残るとは思わない?」
「……」
「インダークはご領主様が出した案を受け入れると言ってはいるけれど、何もこの国に降伏しに来るわけじゃないわ。あくまで両国が戦争をしない約束をするために来るのよ。その帝国に威圧的に振舞えば、この国は戦う姿勢があると見られないかしら? 表向きは平和を謳っているけれど、お腹の中では互いを信じられていない……そんな関係を作りたいの?」
「ヴァシュロン嬢……」
シーズは腕組をしたまま、呆れたような表情を浮かべながら口を開く。
「あなたに、国同士の汚い部分を見せたくはないのですが……。言われていることは確かにそうですが、そうもいかないのが政治の世界です。もし、今回の会談で、帝国の宰相様が襲われでもしたらどうするのです? 帝国内でも、我が国との条約締結に反対する者も多いと聞いています。その者たちが、何か行動を起こさないという確証はないでしょう? そのために……」
「いらない心配だわ」
「いらない?」
「そうよ。襲撃されるなんてことは、宰相様はすでに覚悟の上だわ」
「何ですって?」
「いい? 私たち貴族は、一般の国民よりも優遇されて生きているのよ。そんな私たちだから、他人から襲撃される危険を負うことは、むしろ当然の義務と思うべきだわ」
「ヴァシュロン嬢……あなたの言われる意味が……」
「宰相様以下、帝国の人間は、襲撃されることなんか覚悟の上だって言っているのよ」
シーズが驚いたような表情を浮かべながら固まっている。この女子、スゲェな。シーズを黙らせちゃったよ。
「だから、村人たち全員を動員して、威圧的に帝国の人間に応対するのは無意味だって言っているの。私だったら、そんな警備をされれば、気の小さい国だと思うわ」
「……」
「きっと、宰相様もこの国がそんな態度で来ると思っているわ。だからその裏をかくのよ。ご領主様も私も、さっきからそのことを言っているのよ」
シーズの視線が俺に向いている。いや、そんなことは思っていません。そこまであたまは廻っていません。だから、そんなに俺を見ないで……。
「では聞こう。帝国の裏をかく警備とは、何だ?」
「だから、さっきから言っているじゃない。警備の人数は最小限にするの。そして、村人たちには、それとなく怪しい人間がいないかを見張ってもらうの。あくまでこの村は、いつもの通り平穏で、のんびりとした雰囲気であるべきだわ」
「もし、襲撃などが起こった場合は?」
「いや、あのですね……」
思わず俺は二人の間に入ってしまっていた。何となく話が堂々巡りになってしまう気がしたのだ。だがそのお陰で、シーズだけでなく、ヴァシュロンの視線まで俺に注がれている。……お腹が痛くなってきた。
「襲撃があるのか、ないのかに関しては、どちらの方法をとっても、絶対ないとは言い切れないと思うのですよ」
……睨まないで、二人とも。怖いよ。
「オホン。ええと……襲撃しようと思う人は、どんなに警備を強化しても、絶対にどこかの穴を見つけてそこを突いて来るでしょう。そう考えると、彼女が言っている方法は、逆に襲撃者の油断が誘える可能性があると思うのですよ。それに、ピリピリした雰囲気だと、上手くいくものも上手くいかない気がするのです。できるだけ、穏やかな、平穏な中で話し合いをした方が、上手くいく可能性は高まるとおもうのですよ……」
俺の話に、ヴァシュロンは大きく頷いた。だが、シーズは一切表情を変えず、冷たい目で俺を見つめ続けていた……。




