第百七十五話 一夜明けて
胃もたれを感じながら目が覚めた。眠りが浅かったのもあって、目覚めとしては、よくない。
前日は食べすぎた。ヴァシュロンと共に、次から次へと店を廻って料理を食べたのだ。それだけでなく、俺たちが歩いていると、行き交う人々がこれを食え、食べてくださいと言って色々なものをくれたのだ。それらを平らげていると、帰る頃には腹がパンパンに膨れてしまった。しかも、その状態のままで寝てしまったのが、今朝のこの不調につながっている。
俺は寝室から出て、ダイニングに向かう。ハンモックにはおそらくクレイリーファラーズが寝ていて、当然二日酔いになって……って、いない。あれ? どこに行ったんだ? まさか、こんな朝から出勤しているのだろうか。今日は朝から雨が降るかもしれない。
そんなことを考えながら俺は体を拭き、朝食を作る。
「にゅー」
ダイニングの椅子に座ったワオンが、キラキラとした目で俺を眺めている。美味しそうな匂いに、空腹感が増しているようだ。ここ最近、彼女の体は一回り大きくなった。とはいえ、まだまだ子供であるのだが、今では椅子にちゃんとお座りすることもできるようになった。今後、どんな竜に成長するのか、それも楽しみだ。
「さっ、できたぞ」
そんなことを考えながら俺は、ワオンと共に朝食を食べる。ワオンは前足をテーブルに置いて、皿に盛られた料理を食べている。俺たちが椅子に座って食事をしているのを見て、彼女もテーブルで食事をするようになったのだ。
その後すぐにレークがやって来て、テキパキと部屋を掃除してくれる。その彼女にワオンの世話を頼み、俺はいつも通り散歩を兼ねて村の様子を見に行く。前日のイベントが嘘のように、村は平穏さを取り戻していた。よくある、イベントの後にはゴミだらけになっている……こともなかった。それは避難所も一緒、と言いたかったが、森の中に一つだけ片付け忘れがあった。惜しい。これさえなければ完璧だったのに……そんなことを思いながら、俺は足を止める。
「木の上とは……悪質だな」
そんな言葉を呟きながら、俺はその木に近づく。遠目から見るとわからないが、よく見るとそれはあった。
「よっこらせっと」
俺は木の上からそれを下ろす。意外に、いや、やはり予想通り重い。
「何なんだ? 一体?」
俺は足元に視線を落としながら、呆れたように呟く。そこには、爆睡するクレイリーファラーズの姿があった。
「おい、起きろ」
「うう……頭……痛い……水ぅ……お水ぅ……」
「てゆうかアンタ、何で木の上で寝ていたんだ?」
「私……もう……ダメ……遺言を……遺言を……」
「……チッ」
俺は舌打ちをしながら、彼女を乱暴に起こして背中に負ぶる。そしてゆっくりと屋敷に向かって歩き出した。
「ぐごーぐごー……。ガッ、ガアア」
歩き出してすぐ、彼女はいびきをかき始めた。二日酔いとちゃうんかい! と突っ込みを入れながら俺は歩いていく。時おり、イビキが止まって無音になることがあり、何となく無呼吸ナントカ症候群を疑ったが、敢えてそれは考えないことにした。
「ふぅ~」
屋敷に着き、水を飲み、レークが用意してくれたフルーツを食べると、ようやく彼女は落ち着いた。一体何があったのかを聞いてみたところ、何と、ウォーリアをストーキングしていたところ、彼を見失ってしまったために、それを探すために木の上に上った。で、そのまま寝てしまったのだと言うのだ。
「……敢えて突っ込みませんけれども、仕事はできたのですか?」
「仕事? 何の話です?」
「いや、鳥のことですよ」
「あー。テヘッ」
そう言って彼女はペロリと舌を出した。……殴りたい。グーで殴りたい。
「仕事しろよ」
「だって……村で飲み放題、食べ放題のイベントがあると聞いては、仕事どころじゃないじゃないじゃないですかー」
「……二度、同じことを言わせるなよ。仕事をしろ。あなたの仕事は意外と重要ですよ? 一歩間違うと、両国が全面戦争になる可能性だってあるのですから。たくさんの人の命と幸せが掛かっているのですから、真剣にやって下さい?」
「……サーセン」
殴ろう。思いっきりグーで殴ろう。これは許されるだろう? そう思いながらこぶしを握ぎり締めたそのとき、屋敷の扉が開き、ヴァシュロンがパルテックを伴ってやって来た。
「どうしたのよ、そんなに怖い顔をして」
「ああ、いや、ええと……」
「じゃ、私は、お仕事に出かけますよ~」
そう言ってクレイリーファラーズは、フンと鼻を鳴らして屋敷から出ていった。昼飯を食べていないのだが、大丈夫だろうか。そんな心配をしていると、ヴァシュロンがダイニングのテーブルに腰かける。
「昨日は、楽しかったわ。ありがとう」
「いや、別にお礼を言われることでも……。昨日は君のアイデアのお陰でもあるんだから、お礼を言うのは、俺の方だよ」
「どの料理も美味しかったから、昨日はちょっと食べすぎたわ。何か少し太ったみたいなのよ」
「いや、もう少しふっくらとした方が、かわいいと思うけれどな」
「それは皮肉かしら?」
「そんなわけないだろう」
そんな話をしながら俺たちは他愛のない話をし、今日の昼食を何にするのかを話し合う。そんな安らぎとも癒しともつかぬ時間を過ごしているところに、玄関の扉が開く音が聞こえた。てっきりクレイリーファラーズが帰ってきたのかと思いきや、屋敷に入ってきたのは、意外な人物だった……。




