第百七十四話 大イベント
立錐の地もなく人が集まっていた。その光景を俺は信じられないでいた。
単に飲み会をしようとしただけなのだが、まさか、こんなにたくさんの人々が集まるとは思ってもみなかった。老若男女、人間もいれば獣人もいる。村人、冒険者、商人、農民、兵士……この村に、よくもこれだけの人がいたなと思うほどの、多様な人種が入り混じっていた。
酒を持って来る者、その場で何かのツマミを作る者、パスタを茹でて出す者……皆、思い思いに何らかの役割を担いながら、この飲み会ともパーティーともつかぬイベントを楽しんでいる。
「にゅー」
「ワオン、お腹すいているだろう。好きなものを食べていいぞ」
俺は、館の前に陣取るような形で、ワオンを膝に乗せて椅子に座りながら、次々と出される酒や料理を味わっていた。それらをワオンと共に食べながら、何だか申し訳ない気がするが、ティーエンやウォーリアたちが上手くやっているので、俺は敢えてその様子を見ているだけにしている。彼らは、一人が同じ役割をずっと担い続けないように、折に触れて道行く人たちに「手伝ってあげて」とか「ちょっと替わってあげてください」などとお願いをして、全体的に役割がシェアされるようにしている。その声の掛け方が絶妙なのと、ティーエンなどは、いい人オーラ全開だが、ガタイがいいためにそれなりに迫力があるために、大抵の人は、ハイわかりましたと言ってしまう。俺もあんな大人になりたいものだ。
よく見ると、クレイリーファラーズの姿も見える。彼女は酒を飲みながら、色々な店の料理を片っ端から食べ歩いている。基本的にこのイベントは昼間の農作業を手伝った者たちへの慰労会の意味も兼ねているが、彼女は何をしただろうかなどと考えてしまう。あ、スズメをインダークに返したんだっけ? てゆうか、作業が完了したという報告がないが、大丈夫なのだろうか。そんな俺の心配をよそに彼女は、時おり、ウォーリアに鋭い視線を投げかけているが、彼はそれに全く気が付いていない。まだ、彼に対する愛情は持っているようだが、俺の目から見ても、この愛は成就しそうにないようだ。
一方で、視線を別の方向に向けていると、シーズが村人たちに絡まれている。いや、絡まれているというのは言い過ぎか。数人の男たちと熱い議論を交わしている。もっとも、喋っているのは男たちで、シーズはドン引きしながらその話を聞いているにすぎないのだが。あまりの剣幕と迫力に、さすがの能弁なシーズも、取りつく島がないようだ。まあ、これはこれで今は放っておくことにしよう。
それにしても、皆本当に楽しそうに打ち解けている。そんなことを思っていると、ヴァシュロンが俺の隣にやってきて、スッと腰を下ろした。
「どうしたのよ? 楽しくないわけ?」
「いいや、そんなことはないよ。楽しいさ、楽しいけれど……でも……」
「でも、何よ?」
「まさかこんなに上手くいくなんて、思わなかったからな……」
「そう? 私は、ご領主様の話を聞いて、絶対にうまくいくと思ったわよ」
「そうか?」
実は、俺はこのイベントを行うにあたって、村中に一人一品、食べ物か飲み物を持ち寄るようにと振れを出した。その上で、村人に対しては、店を出して料理や酒を提供した者については、報酬を払うと触れたのだ。去年までの豊作で金貨は有り余るほどあるし、おそらく今年もこの村は豊作だろうし、小袋にもまだまだ食料は大量に残っているために、村人たちにある程度の報酬を払っても、問題ないだろうと判断したのだ。
当初、この案にヴァシュロンは反対した。もし、そんなことをしたら、来年以降も村人たちから金を請求されるだろう。それが受け入れられない場合は最悪、暴動が起きるのではないかと言ったのだ。だが俺は、敢えてそれを行うことにした。村人たちには、儲けた分はできるだけ還元していきたいと考えたのだ。上手くいかなければまた、方策を考えればいいのだ。
「それにしても、上手くいったわね。みんな、それぞれが誰かと喋っているわ。パルテックも楽しそう。それに……シーズさんも」
そう言ってヴァシュロンはクスリと笑う。シーズは酒を強要されて、イヤイヤながらもその酒を飲んでいる。どうやら、男とはどうあるべきというような、熱い議論が交わされているようだ。
「それにしても、一人一品持ち寄る……というアイデアも斬新だな。こんなに盛り上がったのも、君のお陰だ。ありがとう」
ペコリと頭を下げながら礼を言う俺に、ヴァシュロンはパチリとウインクを投げた。その姿は、何ともチャーミングで、かわいらしかった。
「さあ、せっかくなんだから、あなたも色々な人と話をしてきたら?」
「君は、どうするんだい?」
「私は……しばらくここで座っているわ」
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「……お腹がすいているのよ」
ちょっと顔を赤らめながら、悔しそうな表情をヴァシュロンは浮かべている。俺はニコリと笑みを浮かべながら、彼女に顔を近づける。
「じゃあ、一緒に店を廻らないか?」
「……いいわよ」
「……どっちの意味だい?」
「鈍感ね! 一緒に行ってもいいって言っているのよ!」
そう言って彼女はスッと立ち上がり、スタスタと人々が行き交う会場に歩いて行った。
「何をしているのよ! 早くしないとおいていくわよ!」
彼女の声に促されるように、俺はワオンを抱っこして、その後姿を追いかけたのだった……。




