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第百七十三話 想像

「こっちは大丈夫だ。そっちを頼む!」


「すまないねぇ。助かるよ」


そんな声があちこちから聞こえているのは、避難所に作られている畑だ。それだけでなく、こうした光景は村の畑のあちこちで見られていた。そこでは、村人たちに交じって、屈強な男たちが戸惑いながら春野菜の収穫を手伝う光景があった。


これは、ヴァシュロンのアイデアで、ちょうど収穫を迎えていた村の春野菜を、シーズを警備していた兵士たちを巻き込む形で収穫することにしたのだ。この村に到着した早々にそのような作業を提案された兵士たちは、当初は戸惑った表情を浮かべていたようだが、そこはサポスが先頭に立って参加してくれたおかげで、皆が収穫を手伝うようになった。


彼らの一部は畑だけでなく、ティーエンらに連れられて山の中に入っていった者もいる。山菜やキノコなどを獲りに行ったのだが、オークなど、肉の美味い魔物がいれば、同時に狩ってくるつもりのようだ。


そんな様子を呆然と眺めているのは、シーズだ。彼は避難所の公会堂になっている村長の館の前で、村人や避難民たちと一緒に汗を流す兵士たちをじっと眺めている。


「ちょっと、何をやっているのよ!」


そんなシーズに声をかけたのは、ヴァシュロンだ。彼女は両手を腰に当てたポーズを取りながら、シーズを睨みつけている。そして、その後ろで苦笑いをしているのはノスヤだった。


「アンタも手伝いなさいよ!」


「いや、ヴァシュロン嬢。私は兵士たちの管理・監督を……」


「人手が足りないんだから、手伝いなさいって言っているのよ! 何もせずにボーッと突っ立っているのは、邪魔だわ」


「……」


まさか小娘にここまで言われるとは思っていなかったのだろう。シーズの顔が強張っている。ヴァシュロンにかかれば、シーズなど、物の数ではないのかもしれない。


彼女は館に入ると、テーブルの手に持っていた食材を置いた。そして、腕まくりをして、両手を腰に当てるポーズを取った。彼女の真っ白な腕が眩しい。


「で、どうすればいいの?」


「することがわからんのかい」


俺は笑いながら思わず突っ込みを入れる。


「まずは、水だな。水がめの水が少なくなっているから持ってこなきゃいけない。ちょっと待っていてくれ、俺が……」


「じゃあ、あなた、お水を持って来て。外にパルテックがいるわ。彼女に聞けば教えてくれるわ」


「……」


シーズは無表情のままヴァシュロンを眺めている。そんな彼に、ヴァシュロンはよく通る声で話しかける。


「何よ? 手伝う気がないって言うの? 村人たちと仲良くなるための指示をくれと言ったのは、誰かしら?」


その声を受けてシーズは無言のまま、部屋を後にしていった。


「お……おい、あまりシーズを怒らせないでくれよ」


ビビる俺に、ヴァシュロンは持ってきた食材をテキパキと並べながら、早口でまくし立てる。


「何を怖気づいているのよ。みんな働いているのよ。それなのに一人だけボーっと突っ立っているのは邪魔だわ。こう言っては何だけど、お屋敷ではあなたの家庭教師さんだって働いているのよ。そんな状況の中で一人だけサボっているのは、反則だわ」


実を言うと、屋敷ではクレイリーファラーズが涙目で帝国から来た雀を返しているのだ。


インダークの要請を受けると決断した直後、俺はレークをクレイリーファラーズの許に走らせた。だいたい、あの時間は彼女は酒の試飲に出かけていることが多いために、俺はまずはドニスとクーペの店に行くように指示したのだ。そして、予想通りクレイリーファラーズは昼間から酒を食らって、ご機嫌の状態だったのだと言う。


嫌がる彼女を、レークは宥めすかしながら屋敷に連れて帰ってきた。そして、俺からの厳命によって彼女は今、必死で口笛を吹き続けているのだ。


あまり他人に、クレイリーファラーズの能力を見せることは憚られるために、俺はヴァシュロンたちを連れて屋敷を出た。レークにはハウオウルを呼んでくるようにお願いをして、俺たちは屋敷から持ち出した米などの食料を抱えながら、この館までやって来た。


「うっ」


そんなことを考えていると、突然、ヴァシュロンの顔が至近距離に迫っていた。やめなさいよ、それ。本当にびっくりするんだから。


「それとも」


「何だよ」


怪訝な表情を浮かべる俺に、ヴァシュロンは、キッとした目で睨みながら、ゆっくりと口を開く。


「あなたは、あのシーズと私を二人っきりにしたいわけ?」


「ああ……。いや、それは、ダメだな……」


「でしょ?」


「うん。それは、イヤな予感しかしない」


「ちょっと、あなた、何を想像しているのよ!」


「え? 想像って……。シーズがずっと君にお説教を食らっている場面を思い浮かべたんだけれど。それをするんだったら、シーズを水くみにやらせて、俺たちが炊き出しの準備をした方が効率的だなって思ったんだけれど……違うかい?」


ヴァシュロンは何故か顔を赤らめながら、小さな声で、それでいいわ、そういうことよと呟いた。


俺は不思議そうな表情を浮かべながら、準備を始めた……。

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