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第十七話  収穫①

朝起きて外に出てみると、畑に黒山の人だかりができていた。


一体何事だ? 俺はすぐさまクレイリーファラーズを起こしに屋敷へ戻る。


「何ですか……うるさいですね」


「畑に、黒山の人だかりができているんですが……」


「ああ、収穫が始まるのですよ」


「収穫? でも、ものすごい人ですよ?」


「ラッツ村の農民とその家族……大体150人くらいでしょ? そのくらいは普通です。もう少し寝かせてください」


そう言って彼女は毛布を頭からすっぽりとかぶり、再び、いびきをかきはじめた。


俺は取るものも取りあえず、村に下りた。まだ早朝のためか、村の店は開いておらず、辺りは閑散としていた。その光景を横目で見ながら俺は、自分の畑に向かう。そこでは、多くの人を前に演説のように声を張り上げている村長の姿があった。


「……ということで、すみやかに作物を収穫して、お屋敷に納めるように。各自割り当てられた場所をもう一度確認するように!」


クワなどの農具を背負った人や、荷台を引いているひとたちが、バラバラになって持ち場に向かっていく。その様子を呆然と見ていた俺に、村長が声をかけてくる。


「これは、ノスヤ様」


「ああ……おはようございます。朝早くから、ありがとうございます」


「ええ、彼らも領主様の田畑の収穫が終わってから 自分の田畑の収穫する仕事がありますから、収穫できるのは朝しかありません。仕方のないことです」


「何だか、村の方々に、悪いですね」


俺の返答が予想外のものだったのか、村長は目を見開いて驚いている。そして、ニコリと笑みを湛えながら、ゆっくりと口を開く。


「何事も、この私にお任せください。今年は大豊作で、少し時間がかかるかと思いますが、夕方までには本日分の収穫を届けてご覧に入れます」


村長は満足そうな顔浮かべたまま、畑を見つめている。よく見ると、村人たちはものすごい手際の良さで作物を収穫していっていた。水田などもあるのだが、ここでは子供たちが器用に農具を扱いながら稲を刈っている。背丈が低い分、収穫しやすいのだろうか。収穫については10日程度かかるとのことで、全ての収穫が終わるまで、毎日収穫分を届けてくれるのだという。


「子供も収穫に参加しているのですね」


「ええ。それが何か?」


「いや、何でもありません」


こんな年端もいかない子供たちを働かせちゃいけないんじゃないかと思ったが、この世界では至極当然のことらしい。村長は、何言ってんだ、コイツ? みたいな表情を浮かべている。そんな空気を煩わしいと思ったのか、彼は話題を変えてきた。


「ノスヤ様の畑は、色々な作物が採れてよろしいですな」


「そうですか?」


「ええ。米、小麦、野菜……。数多くの作物が採れます。私の畑も、こうありたいですね」


「村長も畑を?」


「ええ。子爵様からラッツ村の運営費として、南側の畑を任されております。そして私は、ジャガイモだけを育てております」


「ジャガイモ、だけ?」


聞けば村長は、広大な農地を所有しており、そこではジャガイモしか育てていないのだそうだ。これは後になって分かることだが、村長は貧しい農民に土地を担保に金を貸し、彼らを家来のように扱っている。そのせいもあって、彼は実質的に、領主たる俺以上の畑を所有している格好だ。しかも、その畑から採れるジャガイモはとんでもない量にのぼっており、ユーティン子爵領におけるジャガイモの7割を生産しているのだそうだ。しかもそれは他国にも輸出されている。言ってみればこの村長は、このユーティン子爵家の重要な資源を司る人物なのだ。


「ジャガイモはいい。育てるのに手間はかからないし、冬に収穫をすれば日持ちもする……」


彼はまるで独り言を言うように呟き、フフフと笑う。


「まあ、立ち話も何ですから、我が家で食事でもどうでしょうか?」


ものすごい笑顔で話しかけてこられたが、俺は彼と食事をする気になれず、丁重にお断りをしておいた。


「収穫が終わりましたら、人を遣わします。ええ、お屋敷でお待ちください」


村長は、俺にそう言い残して、自身の家に帰っていった。


本日の収穫が終了したと報告が来たのは、夕方近くのことだった。よく考えずに、収穫物を屋敷に運び込んでくれと伝えたら、予想を超えた、とんでもない量が運び込まれてきた。当然それは、屋敷の地下の食糧庫の収納能力をはるかに超えており、屋敷の外には余った収穫物が山と積まれる状況になってしまった。たった1日収穫しただけでこれなのだ。全ての収穫が終われば、どんなことになるのか……想像するだけで、背筋が寒くなる思いがした。


全ての収穫が終わったのは、それからちょうど一週間後のことだった。


屋敷の裏庭に山と積まれた収穫物……。本当に、山のように積みあがっていた。これだけ大量の食料をどうするべきかと頭を抱える俺に、村長が優しい口調で話しかけてきた。


「余ったものは、王都で売ってはいかがですか。儲けは少ないですが、幾ばくかの足しにはなるはずです」


そう言って彼はすぐさま村人に命じて、収穫物を王都に輸送しようとした。そのとき、見慣れぬ一団が俺たちの所にやってきた。


「ええと……ノスヤ様というのは、どなたで?」


「ああ、俺です」


「お初にお目にかかります。私は、ワーチャから参りました、オウトと申します。いつも、子爵様にはお世話になっております。御領内の収穫……ということで、引き取りに参りました。こちらで……よろしいでしょうか?」


見れば、荷台を引かせた馬を数頭連れている。一体なぜ? 何が起こっているんだ? と俺はパニックになる。村人たちもざわついている。


そのとき、俺の耳に、クレイリーファラーズの声が聞こえた。


『私が隣町から呼んだのです。彼らはユーティン子爵家と取引する資格を持つ商人です』


「あっ、ああ……」


「ありがとうございます。それでは、王法に則りまして、こちらの収穫物を引き取らせていただきます」


オウトと名乗る、髭を生やした上品そうな商人は、俺に恭しく一礼をして、山と積まれた収穫物に向かって歩いて行った。


俺は一体、何が起こっているのかが分からず、ただ茫然と、彼らの背中を眺め続けるしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  昭和の50年代くらいまではトラクタとか普及してないので家族総出で田植えしてましたよ。小学生も手伝うので小学校も田植え休みが1週間ありました。  今はもう都市部近郊は住宅地になって田畑も殆ど…
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