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第百七十話  一刀両断

それからちょうど一週間後の昼前に、兄のシーズがラッツ村にやって来た。彼は数十騎の兵士を連れて現れた。まるで、戦争にでも行くのかと思われる程の、鎧兜を着込んだ物々しい状態で現れたのだ。


シーズを先頭に、騎馬武者たちは真っすぐに俺の屋敷に向かってきた。そして、屋敷に入るなり、シーズは兜を脱いで、どっかりと椅子に座る。その迫力に、ワオンはキッチンに逃げ込んでしまった。


「いや、久しぶりだね、ノスヤ」


「……一体何事です? この軍勢は?」


「いや、驚かせたね。盗賊退治をしてきたものだからね」


「盗賊?」


「この村の近くに、盗賊のアジトがあったのだよ。ここに来るついでに、彼らを一網打尽にしてきたところだ」


「何もこのタイミングでそんなことをしなくても……」


「ノスヤ」


俺の言葉が気に入らなかったのか、シーズは真剣な表情を浮かべながら、俺を見据えている。


「この村は、我が国とインダークの、国同士の交渉の場となるのだ。両国の軍事と政治を司る高官がやって来るのだよ。そこで、暗殺や襲撃の類が生じれば、再び両国は緊張状態に陥るからね。いや、むしろ、そんなことがあれば、両国は戦争状態に突入するだろう。そうしないために、万全の警備体制を敷く必要があるのだよ。サポス」


「ハッ!」


シーズのすぐ後ろで、サポスが直立不動の姿勢を取る。そこには、いつも俺たちの前で見せているオネエぶりは、微塵もなかった。


「この村人全員の身分を検めろ。それに、全員で手分けをして、この村の各家々を回れ。そして、不穏分子を洗い出すのだ。怪しい動きをした者は容赦せずに捕らえろ。武器になりそうなものも回収するのだ」


「ちょっと待ってください」


俺の声に、シーズは視線を向けてくる。俺は息を吸い込み、毅然とした態度を取ろうと努める。


「それは、しばらく待ってもらえませんか?」


「何を言っているのだ? インダークとの交渉まで、ひと月もないのだよ。まずはこの村を完全に安全な状態にしなければならないのだ」


「あら、来ていたのね?」


シーズの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ヴァシュロンがパルテックを伴ってやって来た。彼女は居並ぶ鎧武者の隙間を縫うようにして、ダイニングまでやって来た。


「これはこれは、ヴァシュロン嬢。ご機嫌麗しく」


シーズが立ち上がって、スッと右手を胸に当て、ヴァシュロンに一礼する。鎧を身に着けているとはいえ、さすがに貴族の一員だと思わせる程の優雅な振舞いだ。それに対してヴァシュロンも、ちょこっと膝を折って挨拶を返す。


「何だか物々しいわね。一体何をするつもりなのかしら?」


シーズに視線を向けながら、彼女はごく自然に俺の隣に座る。その後ろにパルテックが椅子をスッと用意して座る。まるで、事前にリハーサルをしたかのような、全く無駄のない動きだ。


そんなヴァシュロンに、シーズは涼し気な目を向けながら、丁寧に説明する。


「ご存じとは思いますが、約ひと月後に、我が国とインダーク帝国の交渉が行われます。そこで不穏な動きがあってはなりませんので、これからこの村を調べ、安全を確保するのです。ご不便をおかけするかもしれませんが、両国の平和のため、何卒ご協力をいただきたく、お願い申します」


「無理ね」


シーズの説明を一刀両断で否定しやがった。何と言う気の強い女性なのだろうか。


「無理……とは、どういう意味でしょうか?」


「徒に村人の不安を煽るようなことは、しない方がいいわ」


「ほう、では、ヴァシュロン嬢は、いかにせよと言われるのでしょうか?」


「何もしないことね。この村を、交渉に訪れる宰相様たちを警備するのは、この人たちなのかしら。そうであれば、全力でこの村の人々と仲良くなることね」


「それで、この村の安全は守られますか?」


「むしろ、村人と仲良くなった方が、情報は集まらないかしら? この村に、あなたが懸念するようなことを起こす人はいないと信じているけれど、もし、そんな人がいたら、すぐに知らせてくれるような状況を作った方がよくないかしら? それならば、村人たちの信頼を得ないといけないわ。あなたがやろうとしていることは、表向きは平穏な村になるかもしれないけれど、村人たちの恨みを買う可能性があるわ。それどころか、せっかくご領主様が築き上げてきた村人たちとの信頼関係も壊してしまう可能性だってあるわ。どう考えてみても、その鎧武者たちがこの村を闊歩して、この村を警備することの有効性が、私にはわからないわ」


ヴァシュロンの言葉に、シーズは無表情で彼女を眺めている。俺はテーブルの下で小さく拍手をしながら、姿勢を正す。


「俺も、彼女の意見に賛成です。むしろ、兵士たちだけで警備するよりも、村人たち全員で警備をした方が、効率的だと思います」


「……わかった」


シーズが全く抑揚のない話しぶりで、口を開いた。何か、怖い……。


「このラッツ村の領主は、ノスヤ、お前だ。私はただ、宰相のメゾ・クレール様の命を受けて、この村を警備しに来たに過ぎない。この村についての決定権はお前にある。私は、宰相様からこの村の権限を与えられているわけではないからね」


そこまで言って彼は、俺とヴァシュロンを交互に眺める。


「では、二人に聞こう。我々が交渉当日までに、この村の村人たちから信頼を集めるためには、どうすればいい? ご教授願いたい」


シーズの目が全く笑っていない。俺は思わず、隣に座るヴァシュロンに視線を向けた……。

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