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第百六十九話 期待

あれから数日、インダーク帝国からの接触は全くと言っていいほどなく、ラッツ村は平和そのものだった。だが、手紙を送ってから十日後の昼前に、俺の許に兄のシーズからの使者が訪れた。


「もぉ~最近ホント、忙しくて忙しくて……」


俺の目の前で、肩を叩きながらため息をついているのは、サポスだ。いつ見ても、このガチムチのオネエのインパクトは抜群だ。


「はいこれ、シーズ様からの書簡です」


そう言いながら彼は、懐から何やら高価そうな布に包まれたものを取り出し、それを大切そうにテーブルの上に置いた。ゆっくり布を取ると、そこには複雑な形の封蝋が押された、一通の書簡があった。


「これ……は?」


「あれぇ? ご覧になるの、初めてかしら? 勅命よ」


「ちょ、勅命?」


「そう、国王陛下からの命令よ」


「……」


まさか国王から命令書が届くとは……。予想外のことに俺は固まってしまう。


「どうしたのよ、早く開封しなさいよ」


俺の背後で声がする。これは、ヴァシュロンだ。振り返ってみると、彼女がじっと俺に視線を向けている。その目力の強さに、思わず俺は視線を外す。……って、彼女の眉毛がピクンと動いた。視線逸らすんじゃないわよ、って思っているはずだ。


彼女の隣では、パルテックがニコニコとした笑みを湛えながら俺を見ている。そして、ヴァシュロンから少し離れたところにクレイリーファラーズがいるが、彼女は、我関せず。心ここにあらずと言った表情だ。きっと、お昼の食事のことを考えているのに違いない。


「大丈夫よ、心配しないで」


サポスの優しい声が聞こえる。思わず彼に視線を向けると、彼は優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いている。


「勅命、といっても、実際に命令を出されているのは、宰相のメゾ・クレール様よ。インダークから皇帝の書簡が送られてきたじゃない? それに対抗すべく……ではないけれど、相手が皇帝の名前で書簡を送ってきているんだから、我が国も、国王が命令を下す形を取らないといけないわ」


そう言って彼はウフフフと笑う。俺は戸惑いながら、封蝋を破り、中に収められている書簡に目を通す。


「……」


「……ちょっと、何で黙っているのよ?」


沈黙が長かったためか、ヴァシュロンがじれてしまったようだ。俺はゆっくりと振り返る。


「インダークとの条約交渉は、ひと月後にこのラッツ村で行うと書いてある」


「……」


ヴァシュロンは口を真一文字に結んで、沈黙している。何やら、頭の中で色々なことを考えているようだ。


「その打ち合わせに一週間後、シーズ様がこちらにお見えになるわ」


「ゲッ!」


シーズと聞いて声を漏らしたのは、クレイリーファラーズだ。彼女にとっては、シーズとの思い出はトラウマに残るようなものしかないために、その反応はわからないでもない。


「大丈夫よ。シーズ様に任せておけば、万事うまく運ぶわよ」


そう言ってサポスはニコリと笑う。彼は勅命を届ける役目なので、このまま王都にトンボ帰りすると言う。俺はせめて昼飯を食べていってくれと言って、そのまま座っていてもらい、レークにセルフィンさんの許にお弁当を取りに行くようにお願いした。そして俺はキッチンに立ち、米を炊いて肉を焼いた。


サポスは用意した食事を全て平らげた。いい体をしているだけに、食いっぷりもかなり豪快だ。彼は美味しい美味しいと言いながら、本当にうれしそうに食事を食べていた。


「やっぱり、美味しいものを食べると、体に活気が漲るわね。さて、そろそろ王都に帰るわね。ここは居心地がいいから、ついつい長居しちゃうのよね~」


両手を頬に当てて、かわいらしいポーズを取るサポス。その姿は見る者を笑顔にする。何となく彼は、癒し系であるようだ。


「大丈夫。シーズ様は、あなたをとても頼りにしているのよ。だって、シーズ様も、宰相様も思いもつかなかったことをやってのけるのだもの。きっと、これからの交渉も上手くいくわよ」


そう言って彼は屋敷を後にしていった。ちなみに、屋敷を去る際、王都に連れて行ったデオルドの近況についても教えてくれた。現在の彼は、サポスの友人の家で居候しているのだと言う。ただし、インダーク帝国の幹部……。ヴァシュロンの父親であるコンスタン将軍や、皇帝の侍医長を務める、ライオネル・リエラと深い関係があったことから、リリレイス王国としては重要な情報提供者になりうると判断して、彼からいろいろなことを聞き出しているのだそうだ。


「さすがですね。情報収集に余念がありませんね」


妙に感心しているのは、クレイリーファラーズだ。彼女はコクコクと頷きながら、よく頑張っとるな……という表情を浮かべている。なぜ、そんなに上から目線なんだ……!?


「で、どうするんです? もう、考えているのですか?」


「は? 何のことだかわかりかねますが!?」


「何を言っているのですか! リリレイス王国とインダーク帝国の宰相クラスの人間がこの村に集まるのですよ? 挨拶だけをしに集まるわけではないでしょ? 滞在している間の食事はどうするのですか? お弁当持参というわけではないでしょ? 当然、この村で食事を出さねばならないでしょう。ということは!」


「ということは……とは?」


「もうっ! 鈍いですね! その会談のときに出す食事のメニューを考えなければならないでしょっ!」


「あ~」


「あ~じゃないですよ! 一週間後にやってくる変態野郎は、きっとメニューの確認もしてきますよ。それどころか、試作品を出せ……くらい言ってきますよ。だからメニューを考えませんと。……やっぱり、メインはお肉? いや、魚もいいですね。何と言ってもお酒! どんなお酒を出せばいいでしょうか。味見しながら決めて行きましょうか……って、人の話を聞いていますか?」


プリプリと怒るクレイリーファラーズに、俺は呆れたように口を開く。


「それって、そんなに優先順位は高くはないと思いますが……。それにしても、まるで、就職活動みたいですね」


「どういう意味ですか?」


「ゆうしょく(夕食・有職)を期待している」

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