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第百六十五話 何かがおかしい?

「……なんじゃこれは?」


「驚いていないで、何とかしてください?」


「いや、まさか、こんなことになるとは……」


俺は空を見上げながら、クレイリーファラーズと語り合っている。ラッツ村では予想外のことが起きていたのだ。あまりのことに呆然とする俺だが、一方のクレイリーファラーズは、腕を組みながらこの光景を眺めているのだ。


「とりあえず、とりあえず、ここではなくてですね……」


俺は動かない頭を何とか動かしながら、必死でクレイリーファラーズに語りかける。彼女は面倒くさそうに、わかりましたと言ってため息をついた。



「……うん? あれ?」


一人首をかしげているのは、リカルド・ルイアエルクだ。彼はインダーク帝国の帝都に住む学生であり、いつものように学校に通うために家を出た直後に、その異変に気が付いた。


確かに、いつもとは違う帝都の雰囲気だ。だが、何が彼にそんな感覚を与えるのか、彼にはまだ把握できなかった。都はいつものように人々が溢れ、雑然としている。日々、見慣れた光景がそこにあったのだ。


「おはよう」


声をかけてきたのは、同級生であるアリサだ。彼女は、そのトレードマークともいうべきそばかすだらけの顔に、満面の笑みを湛えている。これも、いつもと同じ日常のことだ。


「おはよう。なあ、アリサ。何か、いつもと違わないか?」


「え? そう? いつもと同じだと思うけれど? ちょっと、髪型がいつもより決まらなかったくらいかしら……」


「君のことじゃないよ。この街の雰囲気がさ」


アリサは不思議そうな顔をして、帝都を見廻す。


「いつもと同じじゃない。どうしたの?」


「いや、いつもと違う雰囲気を感じてさ。僕の気のせいかもしれない」


そう言いながら彼は、いつものように学校に足を向けた。


その帝都の異変に気が付いていた者がもう一人いた。インダーク帝国の侍医長を勤める、ライオネル・リエラだった。彼は、王城のバルコニーに立って帝都を眺めていた。


「……静かだ」


誰に言うともなく呟く彼の側に、一人の従者がやってきた。


「リエラ様、お時間でございます」


「ああ、わかりました」


そう言って彼は、いつものように、皇帝と皇后の朝の回診に向かうのだった。



「……何? 帝都の様子が?」


朝の診察を終えた直後、皇帝といつものようによもやま話に興じていたとき、不意に、今朝の帝都の様子がおかしいと言う話になった。皇帝は鷹揚な笑みを浮かべながら、リネラの次の言葉を待った。


「はい。何やらいつもよりも静かに感じましてございます」


「それはよいことではないか。帝都の喧騒は、時として朕の頭に痛みを覚えさせる。その帝都が、少しでも落ち着くのであれば、よいことではないか」


「御意」


そう言って彼は、恭しく頭を下げる。


「ところでリエラ、何か他に面白い話は、ないか?」


「左様でございますね。隣国のリリレイス王国ですが、今年も不作になりそうでございます」


「ほう。ということは、リリレイスの王は、損をするじゃな」


「左様でございます。それを待って、我が帝国軍はリリレイスに侵攻いたします。おそらく、年明けまでには、帝都の領土は倍増することになろうかと」


「儂は、損をせんのか?」


「もちろんでございます。陛下の財産が減ることはございません。むしろ、大いに財産が増えることと存じます」


「うむ、うむ、楽しみじゃ」


まるで子供のような笑顔を見せて喜ぶ皇帝を見ながら、ライオネル・リネラはニコリと笑みを浮かべる。そして、その笑顔の裏で、こんなことを考えていた。


……まったく、上手くやったものだ。皇帝とは名ばかりで、その中身は子供そのものだ。最早、齢50になろうと言うのに、この無邪気さはどうだ。それに、世間一般のことなど何一つ知らない。これでは、宰相たちの言いなりになるのがわかろうと言うものだ。これはきっと、周囲にいる者たちが、皇帝をこうして王城の奥深くに閉じ込めて、子供のまま育てたのだ。だが、今、この皇帝の心は私に向いている。この男は、私の言うことであれば、何でも聞くだろう。で、あれば、その力を利用しない手はない。やってやる。やってやるぞ……。


彼はスッと顔を上げると、とりわけ優しい声を出して、皇帝に話しかける。


「陛下、リリレイス王国に侵攻の際は、是非、コンスタン将軍に軍を率いていただきましょう」


「コンスタン? 何故じゃ?」


「ハッ。コンスタン将軍のご令嬢であられます、ヴァシュロン様は未だ、リリレイス王国に囚われております。ヴァシュロン様救出……となれば、将軍の意気も上がろうというものです」


「ならば、今すぐ軍を率いてゆけばよいのではないか?」


「陛下、今、軍を動かしますと。損をします」


「損をするのか?」


「はい。兵士の食料すべてを、我が帝国が出さねばならなくなります。ですが、秋の収穫を待って侵攻すれば、リリレイス王国の食料が手に入ります。不作とはいえ、多少の食料はございましょう。我が軍の兵士の食料はリリレイスに肩代わりしてもらうのです」


「ほう。それならば、儂は損をせぬな?」


「その通りでございます」


「うむうむ。そうせい。そうするのじゃ」


満足そうに頷く皇帝。それを見て、リネラは再びニヤリとした笑みを漏らすのだった。

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