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第百六十二話 説得

「これ……は?」


俺は訝しそうに手紙を眺める。ヨアン・ハイネンスは、そんな俺に無言で踵を返して、すたすたと歩き出してしまった。ギルド長が、申し訳なさそうな表情を一瞬だけ見せて、スッと頭を下げて、その後を追った。


「ご領主……取りあえず、中身を見てみることじゃな」


ハウオウルの勧めもあって俺は屋敷に入り、ダイニングのテーブルに腰をかけて、ゆっくりとその封を切った。


「……」


全員が、固唾を飲んで俺を見守っている。何だかとても居づらいが、俺は目の前の手紙に集中することにした。


「……ふぅ」


「……ご領主」


手紙を一読して、俺は思わず天を仰いでいた。その様子を全員が不安そうな眼差しで眺めている。俺はその手紙をハウオウルに渡した。彼は俺と手紙を交互に眺めていたが、やがてその手紙を開いて、中を読み始めた。その彼の後ろから、クレイリーファラーズたちが覗き込んでいる。


「……これは」


思わずハウオウルが声を上げる。それと同時に、ヴァシュロンがよろよろと歩き、俺と同じテーブルに腰を下ろした。


……手紙には送り主の名前はなかった。ただ、その内容は手短ではあったが、命令に近い形で書かれていた。まず、ヴァシュロンを帝国に返すように書かれており、その後で、このラッツ村の領主である俺に対して、今年の秋にインダーク帝国がリリレイス王国に侵攻する際に、速やかに帝国軍を迎え入れるように書かれてあった。さらには、作戦を効果的に実施するために、リリレイス王国の農作物を壊滅させるつもりであることも書かれてあったのだ。


「敵の狙いは何でしょうね?」


「おそらく、ご領主を味方に付けたいのじゃろうな」


クレイリーファラーズの問いかけに、ハウオウルが即答する。その声を聞いて、ヴァシュロンが顔を上げる。


「私が帝国に帰ればいいわけ? クレイドル公爵と……結婚すれば……」


「いや、どちらかというと、それはどっちでもよいと帝国は思っているじゃろうな。むしろお前さんの身柄を帝国に戻すのが先決……そう考えておるのじゃろうな」


「私のことなんか、放っておいてくれればいいのに……。どうせ、私のことなんか……」


「いや、幸か不幸か、お前さんには人質としての価値がある。お前さんがこの国に人質としているのといないとでは、大違いなのじゃよ」


「人質!?」


「お嬢ちゃん、お前さんは公爵令嬢じゃ。お前さんの体の中には、イヤと叫ぼうとも、インダーク帝国皇帝一族の血が流れておるのじゃ。お前さんの扱いいかんによっては、帝国はエライことになるのじゃよ」


「よくわからないわ」


「まあ、お前さんに政治の汚い世界を見せたくはないのじゃが……。例えば、お前さんが手籠めにされたり、命を取られたりする……もしくは、堂々と帝国にそのことを盾にして交渉されれば、帝国は交渉のテーブルに着かねばならなくなる。考えてもみなされ。お前さんの体の中には、皇帝一族の血が流れておる。そのお前さんを傷つけると言うことは、帝国皇帝一族を傷つけ、辱めると言うことになるのじゃ」


「私にそんな価値はないわ」


「まあ、聞きなされ。確かに、お前さんの命ひとつが無くなったところで、国同士はどうということはない。じゃが、帝国国内においては、皇帝一族が辱められ、傷つけられたとなれば、その責任を問う声が必ず上がる。それを避けるために、このような回りくどいことをしておるのじゃよ」


ヴァシュロンは何とも言えない顔をしている。その様子を見ながら、俺はゆっくりと口を開く。


「この手紙の送り主は、ライオネル・リエラと考えて間違いなさそうだな。だが、差出人不明の手紙を、しかもわざわざギルドのブロック長を使って寄こしてくると言うのが気に入らないな。あと、それに加担しているギルドも気に入らないな」


「いや、ライオネル・リエラとギルドの利害が一致した……ということろかもしれぬな」


「どういうことです?」


「ライオネル・リエラにしてみれば、お嬢ちゃんの奪還とご領主を寝返らせるという功績を上げて、帝国内で己の地位を盤石なものにしたいのじゃろう。一方で、ギルドには……そうじゃな。さしずめ、多額の資金援助を約束した……そんなところじゃろうな。しかも、己の名を出さずにこの手紙を持ってこさせておる……。これならば、ブロック長の顔も立つし、己の名が出ることもない。ライオネル・リエラという男は、なかなか知恵が回るの」


「知恵……というより、悪知恵に近いですね」


俺のその声に、全員が苦笑いを浮かべる。何となく……あくまで俺の、個人的な感覚だが、ライオネル・リエラのやり方には、いやらしさを感じる。ネチネチと他人を陥れようとする性格の悪さを感じるのだ。この男には関わるべきではないと俺の本能が警告を鳴らしている。俺は目を閉じてじっと考える。


「クレイリーファラーズさん」


「ふえ?」


俺から呼びかけられることを全く予想していなかったのか、驚いた表情を浮かべている。


「この村の作物の生育状況は問題ないですよね? では、この国全体の作物の生育状況はどんなものでしょうか。さらには、帝国の作物の生育状況はどんなものでしょうかね?」


クレイリーファラーズの顔がみるみる曇っていく。そして、恨みを込めた目に変わっていく。


「調べてもらえませんか?」


「ご領主、この姉ちゃんでは無理じゃ。それはいくら何でも……」


「ほら、こんなことを言われています。あなたは優秀な女性だと俺は信じています。いや、あなたの有能さは俺は知っているつもりです。いいチャンスだと思うのですよ。名誉挽回のいいチャンスだと思いませんか? もちろん、タダでとは言いません。おイモのケーキを俺が腕によりをかけて作ろうではありませんか。その上に、タンラの果汁をたっぷりかけて……。いいですよ? ワンホール丸ごといっちゃっても。ほら、子供の頃憧れたじゃないですか? このケーキ丸ごと食べられたらなぁ……って。何? まだ不満ですか? よし、わかった! バケツプリンを作ろう! 巨大なプリンを作ろうじゃありませんか。もちろんそれを一人で食べていただいて構いませんよ? 巨大プリンを独り占め……。どう?」


「チッ」


クレイリーファラーズは顔を歪ませている。その一方で俺は、自分の性格もライオネル・リエラとそう変わらないくらいにいやらしいのではと、ふと考えるのだった……。

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