第百六十一話 そう、来る!?
それからちょうど一週間後、俺の目の前には美味しそうに昼食を食べるヴァシュロンの姿があった。熱はすっかり下がり、胸の痛みも消えたようで、見た目には元気そうだ。
だが、何となく、これは俺だけかもしれないが、彼女の刺々しさが無くなった気がするのだ。まだ本調子に戻っていないと言うことだろうか。
食欲も依然とほぼ変わりがない。そんな彼女の様子をレークもヴィヴィトさん夫婦も喜んでいる。何より、側に付いているパルテックが、それはそれは嬉しそうだ。
そんな中、ハウオウルが訪ねてきた。彼はヴァシュロンを見るなり、満面の笑みを浮かべる。
「おお、お嬢ちゃん。もう体はよくなったのかの?」
「この通り、元気になったわ。ご心配をおかけしました」
「まあ、日頃の疲れが出たのじゃろう。ゆっくりと寝られたかの? ならば、ええ休息になったじゃろう」
そう言って彼は大笑いした。そんなことをしていると、ギルドの少年がやってきた。そして、ヨアン・ハイネンスがギルドに到着したことと、もうすぐそこを立って、こちらに向かうことを告げた。もうすぐ、とは言うものの、実際はあと一時間くらいあるようだ。ヴァシュロンの昼食を終えるには十分な時間だ。
それまでの間に俺はハウオウルと最後の打ち合わせをしようと、彼をダイニングの隣の応接室に招く。帝国からの使者を迎えるために無理やり拵えたこの場所だが、意外に役に立っている。俺とハウオウルがそこに向かおうとすると、ヴァシュロンが声を上げる。
「ねえ、私も同席してもいい?」
その理由を聞いてみると、帝国からくるというのが気がかりなのだと言う。もしかすると、ヴァシュロンを引き渡せと言われる可能性もある。場合によっては、彼女を殺せと言われる可能性もないわけではない。そうしたことを、自分で確認してみたいのだと言う。話の内容は後で伝えると言ってみたが、彼女は承知しない。
「あなたはきっと、私がショックを受けるようなことを隠してしまうでしょ? 私は、それが嫌なの。私の知らないところで、誰かが傷つくのは、絶対にイヤなの」
パルテックが宥めているが、彼女は承知しない。その様子をクレイリーファラーズが、眉間に皺を寄せて眺めている。このままでは女子たちのケンカが始まりそうだ。仕方がなく、これまでのように台所でレークと共に控えていることを許可した。
そして、それからちょうど一時間後、ヨアン・ハイネンスが屋敷にやってきた。
一見すると、そんなに偉い人には見えない、普通の壮年の男性だった。むしろ、隣のギルド長の方が偉く見える。だが、正装したギルド長が直立不動の姿勢を取っていることから見ても、この男も一筋縄ではいかないと考えていた方がよさそうだ。
だが、ブロック長である彼は、意外なほどに腰が低く、紳士的な男性だった。まず、わざわざ時間を取ってくれたことに対して礼を言い、食糧不足のときには、ギルドとその職員に支援をしてくれたことに丁寧に礼を言った。逆にこちらが恐縮してしまうくらいだ。
彼の話としては、この村にあるギルドの規模を拡大させたいというものだった。ギルド長が事前に俺に話していた内容そのもので、現在の三倍の規模となるギルドにしたいと言っていた。その理由としては、特にこのリリレイス王国では、昨年発生した食料不足により、壊滅してしまった街や村があるらしい。当然、そこにあったギルドは閉館を余儀なくされていて、残った職員は他の街や村に移動させている。だが、一部の地域では職員が飽和状態になってしまっており、一方でこのラッツ村では、訪れる冒険者の数が飛躍的に伸びていて、現在の体制ではなかなか対応しきれない状態になっているらしい。そうしたこともあって、ブロック長自ら、この村の土地を提供してもらえないかというお願いに来たのだと言う。
「そうしたことでしたら、問題ありません。現在あるギルドの、裏に広がる森を切り開いてはいかがでしょうか。そこに建物を建て増せば、今の仕事を止めることなく拡充ができるかと思いますが……」
「ありがとうございます。そう言っていただければ助かります。まさに、私も、ご領主様が言われたことを考えていたところでございます。では、早速、森を切り開いて増築にかかりたく思います。切り倒した木は、ご領主様にお納めすればよろしいでしょうか?」
「いえ、その必要はありません。切り倒した木は、建築用の資材としてお使いください」
「重ね重ねのご配慮、感謝申し上げます。いや、当初は不安だったのです。こちらの村も、耕作地を広げておられるのではと……。そうなれば、我々に提供していただく土地もないのではないかと思っておりました」
「まあ、耕作地は徐々に広げていますが、今のところは、現在ある耕作地で、できるだけ作物を育てていこうと思っているところです」
俺の言葉に、ブロック長は大きく頷く。その後も、他愛のない話が続き、この会議はそれ以上の話題が出ることなく、穏便に終了してしまった。
俺はハウオウルと共に、ちょっと拍子抜けをしながら二人を玄関で見送る。ヨアン・ハイネンスは、俺たちに丁寧に礼を言い、頭を下げた。
「あ、そうそう。忘れておりました」
そう言って彼は懐から一通の手紙を取り出した。
「さるお方から、ご領主様に手紙を預かってきております。どうぞ、お読みください」
その手紙には、差出人の名前はなかった……。




