第百六十話 また・・・ですか!?
「ところで……」
ヴァシュロンが気を取り直すようにして、ちょっと明るめの声で話しかけてくる。
「アレはどうなったの?」
「アレって?」
「ほら、何とかって食べ物を持って来いとデオルドに言っていたじゃない」
「ああ、あれか」
俺は思わず笑みを漏らす。その様子を彼女は不思議そうに眺めている。
「まあ、持って来るのは無理だろう」
「そんなに珍しい食べ物なの?」
「そうだな……。それを作ろうとすれば、色んなところで、色んな人たちが、色んな調整を行わないといけないな。それだけやっても、果たしてできるかどうか……」
「どんな食べ物なの?」
「う~ん。基本は、パンの上に、細かく切ったタマネギを敷いて、その上に丸型に焼いた肉を置いて、さらにパンを置く。その上にまた、細かく切ったタマネギを載せて、さらに焼いた肉を置く。最後にその上にパンを置いて出来上がりというやつなんだけれどね。あ、チーズが入っていないな。チーズは確か……。どこに入れるんだ?」
首をかしげる俺の様子をヴァシュロンはじっと見ていたが、やがてゆっくりと息を吐き出しながら、俺に話しかけてきた。
「それだと、かなり大きな食べ物になりそうね。でも……興味があるわ。元気になったら一度、食べさせてよ」
俺はちょっと困りながらも、無言で頷いた。
次の日の朝、いつものように部屋を出てダイニングに出ると、ハンモックでクレイリーファラーズが寝ていた。毛布を頭からかぶっていて、いつもと何ら変わらない様子だ。ただこの日は唯一、いつもとは違うことがあった。それは、ハンモックと毛布の間から、腕が一本、ニュッと出ていることだ。
それだけなら別段問題はない。ただ、問題はその手の先で、何故か親指だけを出して拳を握り締めているのだ。しかも、その親指は屋敷の床を向いているのだ。
それを見た瞬間は、たまたまそんなことになったのだろうなと思っていたが、しばらく見ていると、だんだんそれが意図的にやっているように感じられてきた。
「……起きろ」
「……」
「……起きないとまた、オヤツ抜きにしますよ?」
「……何ですって?」
目がぱっちりと開いた。何ちゅう現金な女性だ。
「朝から喧嘩を売るってのは、どういうつもりだ?」
「……もう~何の話ですかぁ?」
「朝からいきなり親指を下に向けられて、気分が悪いわ」
「ふぅ~ん?」
彼女はぼーっとした表情を浮かべて何かを思い出そうとしている。そして、何かを思い出したようにコクコクと頷いて毛布をかぶる。
「ああ、アレ、オッケーです」
俺は無言で毛布を剥ぎ取る。
「わからん」
「だからぁ、大丈夫だって言っているじゃないですかぁ」
「何が?」
「問題なしっ!」
そう言って彼女は再び毛布を頭からかぶった。
嫌がる彼女を無理やり起こして話を聞いてみたところ、鳥たちを使役して、この村の作物の様子をつぶさに調べたのだと言う。そして、鳥たちからはシマタ病に感染している木や作物はなかったとのことだった。昨夜は俺の報告にしようと遅くまで起きていたらしいのだが、睡魔には勝てず、考えた結果、俺の部屋に向かって親指を立てて寝れば伝わるだろうということで、腕を出したまま寝たというのが真相なのだそうだ。
俺はその言葉に安心し、彼女に二度寝をしてもいいと言って朝食にかかる。そして、ワオンを連れて屋敷を出て、畑を見回る。
いつもと変わらぬ光景がそこにあった。平和そのものだ。村人たちもシマタ病の感染を心配していたが、今のところはその心配はないようだと俺が話をすると、安心した顔で作業に戻っていった。
畑を見回っていると、一人の少年に話しかけられた。何でもギルドからの使いということで、俺の屋敷に行く途中だったらしい。ギルド長が会いたいので、都合のいい時間を教えて欲しいということだった。たまたまギルドの近くまで来ていたので、このままギルド長のところに行くと返事をして、少年を帰した。
ギルドに入ると、いつもはポーカーフェイスのギルド長が、恐縮しながら出てきて、俺を部屋に案内した。
「ご領主様に、折り入って相談がありまして……」
「相談? 俺でよければ何でも言ってください」
「そうですか。そう言っていただけると助かります。実は、ご領主様に会いたいと言っている者がいるのです。この地区を管轄するブロック長、ヨアン・ハイネンスが是非、ご領主様にお目通りしたいと申しているのです」
聞けば、ギルドのブロック長と言えば、大国の首都などに居て、その周辺国に点在するギルドをまとめる、なかなか偉い人なのだと言う。そのブロック長がわざわざこんな田舎村の領主に会いたいと言うのは、かなり異例なことなのだそうだ。
「一体、何をしにお見えになるのでしょうか?」
「表向きは、当ギルドに対するご領主様のご協力のお礼ということですが、これはあくまで私の推測ですが、この村に大きなギルドを作りたいと言うのではないかと考えます」
「え? 今のギルドの規模を拡大するのですか?」
「おそらくは……です。この村は豊富に作物が獲れます。それに、タンラの木が生えており、神の加護を受けていると言われています。その地に、ギルドの大きな拠点を作りたいと思っているのだと思います。つまり、我々ギルドも、神の恩恵を受けた地に拠点を作りたいと考えているのです」
「は……はあ」
取りあえず俺は、話を聞いてみるだけは聞くと返事をしておいた。だが、ギルド長が最後に言った言葉に、俺は大きな不安を覚えた。
「では、早速返事を致します。すでに、ヨアン・ハイネンスはインダーク帝国の帝都まで来ております。遅くとも、一週間後にはお目見えいたすかと思います」
……また、インダーク帝国が絡むのか!?




