第百五十九話 落着!?
その次の日、俺はデオルドの許に向かった。ヴァシュロンの様子も心配だが、この日、サポスが王都に帰還すると言うので、彼と共にデオルドの尋問をしようと考えたのだ。
目の前に座るデオルドは、相変わらず俺とは目を合わせず、それどころか、じっと俯いたまま顔すら見せようとはしなかった。
「ダメよ、デオルドちゃん」
サポスが優しい声をかける。その声に、デオルドの方がピクリと動く。
「ご領主様は、あなたを粗略には扱いません。安心していいですよ」
そう言ってウォーリアも声をかけている。この二人が俺の両側にいて、何かとフォローに回ってくれることになっているのだ。
デオルドは、この二人には完全に心を開いていて、ライオネル・リエラから命じられた内容を全て話していた。彼はこの村の作物をシマタ病に感染させるだけでなく、作物が壊滅したとわかった際の混乱に乗じて、村人たちを扇動する役目も担っていた。そして、スキをついて俺とヴァシュロンの暗殺まで命じられていた。彼が頑なに口を閉ざした理由が分かろうと言うものだ。だが、その一方で、これだけの大事を喋らせたサポスとウォーリアのコミュ力の高さには、舌を巻くばかりだ。
「そんなことないですぅ。同じ悩みを持つ者同士だから、話がはずんじゃってぇ」
サポスが大テレに照れている。ヒゲ面のガチムチのオネエが体をくねらせているのは、かなり不気味な光景だが、俺は目を背けずにそれを見つめる。
「ただ、ご領主様にはお願いがございます」
ウォーリアがとてもいい声で俺に話しかけてくる。
「デオルドさんは、ここまで我々に打ち明けてくれています。この方の命を取るということだけは、やめていただきたいと思うのです」
「そうですね……」
「アタシぃ、思うんだけれどぉ。デオルドさん、王都に来ればいいんじゃない? 王都に来れば、あたしたちの仲間も多くいるわよ?」
サポスの提案に、デオルドは力なく頭を振る。
「やはり、帝国に、帰る……か?」
俺の声に彼は反応を示さない。
「やはり、ライオネル・リエラのことが忘れられないか……」
「そりゃ無理もないわ。初めてデオルドちゃんの愛を受け入れてくれた人だもの。そう簡単には、諦められないわよ」
「え? ライオネル・リエラも、組合の方なのですか?」
俺の声に、サポスが真面目な表情を浮かべる。
「だったら、私たちはデオルドちゃんに同情しないわよ。ライオネル・リエラは、デオルドちゃんのことを愛していると言ったの。その気もないくせにね」
サポスは大きなため息をついて遠くを見つめる。そして、誰に言うともなく呟く。
「アタシたちは、体は頑丈でも、心は純粋なの。そんなアタシたちに愛していないくせに愛していると言うなんて、許せないわ。デオルドちゃんも同じ気持ちなの。でもね、一度愛してしまった人だから、なかなか割り切れないのよ。そう、割り切れないのが、恋なのよ……」
ガチムチのヒゲオネエが目をキラキラさせている……。この迫力が伝わるだろうか?
「ま、まあ、デオルドをこのままこの村に置いていても、彼の命が狙われる危険があることに違いはありません。できれば、王都で匿っていただくのが一番かと思うのですが……」
サポスとウォーリアは顔を見合わせている。その様子を見ながら俺は、さらに言葉を続ける。
「ここに居ても、ライオネル・リエラのことを思い出すことでしょう。いっそのこと、遠くに離れてしまった方が、吹っ切れるのではないかと思うのですが……」
「どう? デオルドちゃん? アタシと一緒に、王都に来る?」
しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと顔を上げ、コクリと頷いた。
「……感謝いたします。ご領主様」
このとき、デオルドは初めて俺に口をきいた。
俺はシーズに手紙を書こうかと思ったが、それはやめることにして、サポスにデオルドの身柄を任せることにした。何となく、このオネエなら上手くやってくれるだろうという気がしたのだ。
サポスは早速彼を連れて王都に戻るという。ヴァシュロンに挨拶をしていくかと聞いたが、彼女には合わせる顔がないと言う。俺は、それ以上は何も言わなかった。
「……ふぅ~ん」
俺はすぐに階上にあるヴァシュロンの部屋を訪れた。そして、デオルドのことを話し、王都に送ることを伝えた。彼女は表情を変えないまま、あまり興味はないと言わんばかりの返事をするのみだった。
「……運がいい男ね」
そう言った彼女は、もう、デオルドの話はこれで終わりだと言わんばかりに、ゆっくりと首を振った。俺は帝国が、ライオネル・リエラがヴァシュロンの命を狙っていることを敢えて言わなかった。言ったところでどうなるものでもないし、むしろ、この村にいた方が、彼女は安全だと思ったからだ。
「調子は、どうだ?」
俺は話題を変えようと、体調を聞いてみた。彼女はスッと俺に視線を向ける。
「昨日に比べたら、だいぶマシになったわ。まだちょっと体がダルいけれど……」
「そうか。栄養のあるものをたくさん食べて、ゆっくり休むといい」
「ありがとう……。ねえ、あのね……」
「うん?」
彼女はじっと俺の目を見つめていたが、やがて、俺から視線を逸らせて、ふっと笑みを浮かべる。
「……止めておくわ。これ以上わがままを言うべきではないわ」
そう言った彼女の横顔は、何だか、とても寂しそうに見えた……。




