第百五十八話 冷たい・・・
「いらねぇんだよ、そんな話は……」
イラっとした表情で呟く俺を見ながら、クレイリーファラーズの目がカマボコ型になっていくのがわかる。正直、ちょっと面倒くさい。
「もしかして、あなたも恋煩い??」
「あのねぇ。いや、誰だって心配になるでしょ? 特にあのヴァシュロンさんが死にでもしたら、それこそえらいことになりませんか?」
「えらいこと? なりますかね?」
「だって、帝国が攻めてくる口実に……」
「帝国は攻めてくるのです。現に、この国に被害を出しているではありませんか」
いつになく真面目な顔つきになったクレイリーファラーズに、俺は圧倒される。
「私としては、あの生意気な女のことなどどうでもいいのです。ただ心配は、あの女がこの村の住人たちに恨まれて、袋叩きにされるときに、勢い余ってこの村で暴動が起こらないか、です」
「いや、さすがにそんなことは……」
「ないことはないでしょう。この村の作物が荒らされると、確実にあの女に怒りが向きます。そうなる前に、手は打っておいた方がいいかもしれませんよ?」
「いや、むしろ、この村の作物を守ることに力を入れた方がいい」
「え?」
「今年もおそらく大凶作でしょう。今のところ、この村の作物は順調に育っているようです。それに、村長の畑も、避難してきた方々が耕してくれているお蔭で、順調に生育しているようです。今年もおそらく、シーズから大量の作物を差し出せと言ってくるでしょう。この村が不作になると、マジでこの国はヤバイ状態になります」
「……」
「そうだ、手の空いたときでいいので、鳥たちからこの国の作物の生育状況を聞いてもらえませんか?」
「何で私がそんなことを」
「いや、他の村の作物が育っているのならば、俺たちに食糧を差し出せと王都が言ってくることもないでしょう。逆に、作物が育っていないとなれば、ここで獲れる作物を丸ごと持って行く可能性もあります。そうなれば、あなたの好きなおイモも……」
「わかった、わかりました。一度、聞いてみますっ!」
面倒くさそうな表情を浮かべながら、クレイリーファラーズが俺から目を逸らせている。俺はその様子を見ながら、ヴァシュロンにおかゆでも作ろうかと考えるのだった。
そのとき俺の頭に、前世の記憶がよぎった。そう言えば、俺が熱を出したときには、我が家ではアイスクリームを食べさせると言う習慣があった。子供の頃はこれがうれしかったことを思い出す。何とか熱が出ないかと考えていた……そんなことを懐かしく思い出す。
「そうだ、ヴァシュロンにも、何か冷たいものを持って行ってやるか」
そう考えた俺は、アイスクリームでも作ろうかと考えたのだった。だが、作り方がわからない。クレイリーファラーズに聞いてみるが……聞くだけ時間の無駄だった。あろうことか、作って食べさせろと言ってくる始末だ。まあ、これはガン無視することにして、他に何か冷たいものはないだろうか……。かき氷? いや、氷を何で砕いていいのかがわからん。細い金属で削ればいいのかもしれないが、食べるというのは、ちょっと難しい気がする。他に何かないか……。冷たいもの……。俺のクレイリーファラーズへの対応? 失礼な! これでも紳士的に対応しているつもりだ! 何? 俺のネタが寒い!?
そんなことを考えていると、何だか頭が痛くなってきた。俺も熱が出そうだ。
テルヴィーニに何か入っていないかを考えたところ、そう言えば、リンゴがまだたくさんあったことに気が付く。これならば甘いし、栄養価も高い。コイツをすりおろして……と考えてみたが、やめにする。いいことを考えついたのだ。
俺はタンラの実を取り出し、丁寧に皮を剥き、種を取り出す。ニ十個ほどその作業をしただろうか。つまみ食いをしようとするクレイリーファラーズの手をぴしゃりと叩きながら、剥いた実を薄い布の上に置く。それを布でくるみ、上からドンドンと包丁の背の部分を使って叩き潰していく。もう原型を止めない程に潰したことを確認すると、布を持ち上げて、素早くボウルの上に持って行く。そして、それを絞ると、かなり大量のタンラの果汁が取れた。ちょっと粘り気のあるもので、舐めてみると、やはり濃いハチミツの味がする。この実は滋養強壮にもいいらしいので、きっと効くはずだ。
準備が終わると、水魔法を使って氷を作り出し、リンゴとタンラの果汁をキンキンに冷やす。氷に塩を振りかけておいたので、かなり温度は下がった状態になっているはずだ。
そんなことをしていると、夜になってしまった。明日の朝でもいいとは思うものの、熱があり、食べられない中で夜を過ごすのは辛いだろう。迷惑とは思ったが、俺はリンゴと果汁を持って、再びヴァシュロンの部屋を訪れた。
俺の姿を見た彼女は、一瞬目を見開いたが、やがて眼を閉じて天井を向いてしまった。パルテックに聞くと、昼間から何も食べていないらしく、熱も上がったり下がったりしているらしい。かなり、体調は悪そうだ。
一旦退散しようとは思ったが、パルテックが食べさせるだけ食べさせてみましょうといったために、俺は手早くリンゴを剥いた。形が大きすぎると食べにくいだろうと判断して、リンゴは一口サイズに切り、その上からタンラの果汁をたっぷりとかけた。
「口に合わないかもしれないけれど……」
俺が差し出したリンゴを、ヴァシュロンはぼーっとした目で眺めていたが、やがてノロノロと起き上がり、ゆっくりとフォークでリンゴを刺し、それを口の中に放り込んだ。
「……美味しい」
ゆっくりとだが、ひとつ、またひとつとリンゴがなくなっていく。そしてリンゴの半分程度が無くなったとき、彼女は大きなため息をついた。
「冷たくて、美味しい……」
そう言って皿を俺に返して、再びベッドに横になった。
「とても、美味しかったわ……。ありがとう……」
笑顔で彼女は礼を言ってくれた。そんなに大したことはしていないのだけどな……。そんなことを思いながらも、彼女のシンプルなお礼の言葉に、なぜか俺は大きな嬉しさを感じるのだった……。




