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第百五十七話 病気

結局その日は、ヴァシュロンは屋敷に現れなかった。ほぼ毎日昼飯を食いに来ていただけに、突然来ないとなると心配になる。次の日も昼飯を用意して待っていたが、やはり彼女は来なかった。心配になった俺は、ワオンをレークに預けてヴァシュロンの様子を見に出かけた。


彼女の許に向かいながら、俺は頭の中で考える。もし、村人が彼女を追い出せと言ってきたら、俺はどうするべきなのだろうかと。彼女がこの村に対して何か事を起こそうとするというのは考えにくい。だが、帝国に恨みを持つ者が、彼女を逆恨みする可能性は無きにしも非ずだ。そうなった場合、この村にいることは危険だ。さりとて、帝国には帰りにくいだろう。そう考えると、最終的には、兄のシーズのところに身を寄せるのが一番安全な気がする。だが、それもかなり肩身の狭い思いをするだろうし、シーズのことだ。ヴァシュロンを政治的な駒として使う可能性もある。


そんなことを考えていると、避難所に着いてしまった。


前日までの騒動が嘘であるかのように、避難所は活気に満ち溢れていた。最早避難所というよりは、一種の街になりつつある。当初はただ、雨露をしのぐための建物だった住居棟には全て窓が取り付けられ、人々の暮らし向きはかなり改善されていた。そして、避難民だけではなく、この村の住人はもとより、冒険者や旅人など多くの人が行き交っている。


人々は俺を見かけると、皆、声をかけてくれる。そうした人々に挨拶をしながら館に入ると、そこにはウォーリアをはじめとする避難所のリーダーたちがいた。


「これはノスヤ様。わざわざのお越し……。もしかすると、デオルドさんでしょうか?」


「いや、彼はサポスが上手に話を聞いてくれているから、今のところは彼に任せようと思っている。今日は、ヴァシュロンの様子を見に来たんだよ」


「ヴァシュロンさんですか? お部屋にいると思いますよ?」


俺はウォーリアたちに礼を言って二階に上がり、彼女の部屋の扉をノックする。


「ノスヤだ。入るぞ?」


ゆっくりと扉を開けて中を覗き込むと、そこにはベッドで眠るヴァシュロンの姿があった。


「まあ、ご領主様……」


部屋の奥からパルテックが姿を現す。杖を突いてはいるが、歩く速度は俺たちとそう変わらない。単なるオシャレで杖を持っているのでは、というクレイリーファラーズの予想はもしかしたら、当っているかもしれない。


ニコニコとした微笑みを浮かべながら彼女は俺の前に進み出る。だが、俺を招き入れる素振りは見えない。はて、どうしたのだろうと思っていると、パルテックが曲がった腰をさらに曲げた。


「せっかくおいでいただきましたが、姫様はあいにくと病に臥せっております。誠に失礼ではございますが、本日はお引き取り下さいまし」


「病?」


思わず声を上げたその直後、ヴァシュロンがコホン、コホンと咳込む声が聞こえてきた。


「……大丈夫よ。ただの、カゼよ。しばらく寝ていれば、元気になるわ。……ううっ」


何やら息が苦しそうだ、俺はパルテックに視線を向けて、説明するように促す。


「一昨日の夜に、胸が苦しいと仰りまして……。胸が締め付けられるようだと……。それから熱が出まして、昨日一日お休みになられたのですが、あいにくまだ熱は下がらないのでございます。回復魔法をかけたのですが、あいにく魔法は風邪には効かないものでございまして……」


「コホッ……。心配ないわ。昨日に比べて随分マシになったわ……」


マシになったと言っても、ヴァシュロンの声はどこか弱々しい。本当に大丈夫かと思うが、パルテックは部屋に一歩も入れる気はないらしい。俺は部屋の中を覗き込みながら、もし、何か困ったことがあればいつでも言って欲しいと伝え、さらには、熱を下げるのであれば、脇の下と首周りを冷やすといいとアドバイスをしておいた。パルテックは笑顔のまま俺に礼を言い、恭しく頭を下げた。


彼女の部屋を後にして階下に降りる。そして俺は、ウォーリアたちにヴァシュロンが風邪を引いて臥せっていることを告げ、何かあれば面倒を見て欲しいとお願いして、館を後にした。


今のところ、帝国の思惑はここの住民には伝わっておらず、ヴァシュロンたちに、何らかの攻撃が加えられる様子もない。そのことに俺はホッと胸を撫で下ろしたが、まだまだ油断はできない。いつ何時、村人たちが彼女たちを攻撃するかはわからないのだ。そんなことを考えながら、俺は屋敷に帰る。その道すがら、俺はどうしても気にかかることがあった。それは、彼女が胸の苦しさを訴えている点だ。果たして風邪などで、胸の苦しみを感じるだろうか? 俺は、ヴァシュロンが何か重病に侵されているのではないかという不安に駆られながら、屋敷の扉を開けた。


「……ふぅ~ん。風邪ですか」


恐ろしいほどにクレイリーファラーズは興味を示さない。ああそうですか、それで? という目をしている。レークはすでに帰ってしまったようだ。俺の膝の上にはワオンがちょこんと座っている。


「風邪でしょ? 熱いスープを飲んで、熱いお風呂にゆっくり入って、毛布をかぶって寝れば、すぐに治りますよ」


「そう……でしょうか。ただ気になることがあるのですよ」


「気になること?」


「胸の痛みを訴えているのです」


「胸の……痛み?」


「ええ。胸がたまに締め付けられるそうです。何かの……重病ではないかと……」


「あ、それってもしかして」


クレイリーファラーズが急に真面目な顔になる。俺は固唾を飲んで、彼女の次の言葉を待つ。


「下手をすると死に至る病気かもしれません」


「何ですそれは!?」


「いわゆる、恋煩いではないですか? 胸が締め付けられるって……相手は、誰かしら?」


どや、ワイは上手いことを言うたやろ? 兄ちゃん、ワイのネタ、パクってもええんやでぇ~。と言いたげなドヤ顔を見せるクレイリーファラーズ。俺は無表情のまま、彼女からゆっくりと視線を逸らせた……。

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