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第百五十五話 悲劇

「今日も~♪ オラの畑はぁ豊作だぁ~♪ いっぱい育てて、いっぱい儲ける~♪」


ご機嫌で、鼻歌交じりの歌を歌いながら大股で闊歩しているのは、ヒョウジ村の村長であるタークだった。彼は満面の笑みを浮かべながら、目の前に広がるミユマの木を眺める。そこには、何千本もの木が等間隔で植えられていて、実に壮大な景色となっていた。


彼はそれを見ながら満足そうに頷く。今年も、この木になる実のお蔭で大儲けできるかもしれない。いや、きっと今年も大儲けできるに違いない。彼は心の中でそう確信する。今年は収穫が終わったら、何を買おうか、どんなことをしようか……そんな考えで頭の中がいっぱいになっていった。


彼の住むヒョウジ村は、昨年、国内で発生した大飢饉の中で、数少ない豊作であった村の一つだった。国内に蔓延していた農薬には一切手を出さず、ただひたすらに農作物の収穫量を上げることに専念した結果、昨年は例年の数十倍の値段で収穫物が引き取られて、彼の許には、これまでの年収の数倍に及ぶ金貨が積み上げられることになった。


彼は農薬には全く興味を示さなかった。それは、彼が力を入れて栽培していたのが、ミユマの木であったことが大きく関係している。


国内の農夫がこぞって手に入れようとしていたあの農薬は、雑草が生えないようにすると言われており、事実、農薬を積極的に使用していた隣村では、全く雑草が生えていなかった。だが、彼が育てていたミユマの木は、根元に生える草たちが、その成長に大きく関係していた。つまり、ミユマの木の根元に生える草が、生えては枯れ、枯れては生えとするのが、この木にとって大きな養分となっていた。また、この木から落ちてくる露が、根元の草たちのよい養分となっていた。


タークはこの木が大好きだった。木と草草が互いに持ちつ持たれつの関係を築きながら共存している。互いに全く損をしない間柄……。これがまさに、タークが目指していた関係性だった。そのため彼は、農薬の効能を語り、それを導入するよう勧めてくる商人の話を一笑に付して、その後、俺にはそんなものは必要ないとばかりに、さらにミユマの木の栽培に力を入れたのだった。


この木は、毎年夏になると、桜に似た、ピンク色の小さな花を咲かせる。その花が散った後には、小さな丸型の果実が残る。それは、果肉自体は少ないものの、かなりの甘みを含んでおり、果肉を集めて果汁を絞り、それを煮詰めると、まるで黒糖のように黒い、それでいて甘さを多く含んだ塊――パオルが出来上がる。


それだけでなく、果肉の中にある種は燻すと食用になり、何とも言えぬ香ばしさを持った食べ物になるのだった。これは日持ちがするだけでなく、栄養価もそれなりにあり、軍などでは非常食として用いられているのだった。


そのためタークは当初、パオルの生産に力を入れていた。ミユマの実は燻すのに手間暇がかかるため、あまり注目をしていなかったのだが、国内が大飢饉となったときに、王都よりさらに収穫物の供出を求められると、すぐさま村人を総動員してミユマの実作りに全力を傾けたのだった。


その甲斐あって、彼の許には夥しい数のミユマの実が集まり、王都からの要請に応えられたばかりでなく、村人たちの腹も満たし、さらには、余った実は王都に送り、通常の数十倍の値で取引されたのだった。


タークは考える。不作や飢饉はそう何年も続くものではない。おそらく、今年か、長くとも来年までだろう。その間にこの実で稼げるだけ稼がねばならない。今までは、一部が鳥の餌になっていたが、今年はそれさえも収穫しなければならない。少しでも収穫量を上げて儲けるのだ……。


そんなことを考えていた彼の目に、一本のミユマの木が目に留まった。木全体がピンク色になっており、よく見ると、その木はピンクのキノコに覆われていたのだった。


「あんれまあ、何だべな、こりゃ?」


彼はゆっくりとその木に近づく。甘い香りが鼻に突く。彼は、もしかするとこのキノコも、何かに使えるのかもしれないと考えながら、それを手に取った。


パチン


何かがはじけるような音がしたかと思うと、周囲がピンク色の煙に包まれた。


「おおう、こりゃ、きれいだべさ。ふへへ、甘い、いい香りがするべさ」


彼は満面の笑みを浮かべながら再び鼻歌を歌いながら、自身の館に戻った。王都からの使者が来たのは、その直後だった。


使者からシマタ病の話を聞かされたタークは、腰が抜ける程に仰天した。ついさっき見た光景が、まさにそのシマタ病に感染している木の特徴そのものだったからだ。慌てた彼は、村人を総動員して、村にあるすべてのミユマの木を確認させた。すると、シマタ病に感染している木がさらに五本も見つかったのだ。


それを聞いた王都からの使者は、全てのミユマの木を切り倒するようタークに命令を下した。


「それだけは、それだけは、勘弁してくんろ!!」


号泣し、必死で使者に取りすがりながらタークは懇願した。だが、王都からの使者は剣の柄に手をかけながら、木を切らねばお前を斬ると言って彼を恫喝した。


ヒョウジ村のミユマの木は、泣き叫ぶタークの目の前で、全てが切り倒されたのだった……。

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