第百五十四話 大事なポイント
「あの、ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください……」
女子に手を握られている動揺で、上手くしゃべることができない。そんな俺をヴァシュロンも、クレイリーファラーズもキッとした表情のまま睨みつけている。
「その……ライオネスという人は、何なのですか?」
「ライオネスじゃありません。ライオネルです。そんなガタイのいい女子プロみたな人ではありません」
クレイリーファラーズが、昭和の香りをふんだんに含ませた言葉を放っている。
「ライオネル・リエラは、帝国王室の侍医長よ」
「ジイチョウ?」
「つまりは、皇帝専属の医者です」
「皇帝の医者が、何でデオルドに関係があるんだ?」
クレイリーファラーズ曰く、デオルドはこの侍医長に思いを寄せており、それがために、彼はいいように操られているのだと言う。
「それは、弱みを握られているということですか?」
「それならば、まだいいのです。実際は、もっとひどいです。ライオネル・リネラは、デオルドさんの気持ちを知りながら、思わせぶりな態度を取り続けて、それを利用しているのです。デオルドさんは、彼を心から愛しています。それがために、彼の愛を得ようと命令に忠実に従うようになっていったのです」
「まるで、ジゴロのような……」
「そう! まさしくそう! ライオネル・リネラはBLの敵です! あの人は、デオルドさんをやさしく抱きしめて、私の願いをかなえてくれれば、お前のことを死ぬまで忘れられなくなるだろう……なんて言うのですよ! デオルドさんは彼の愛を受けたいがために必死であんなことを……。それだけじゃないですよ? 夜なんかは……」
「ま、まあわかった。その医者が、かなりゲスい野郎だというのはわかった」
何となく、このまま放っておけば、この天巫女がグロい話をペラペラと喋るのではないかと思って、思わずそんな言葉を喋ってしまった。彼女は再び鋭い目で俺を睨んでいる。
「ところで、その、ライオネルと言うのは、どんな医者なんだい?」
俺は視線をヴァシュロンに向ける。彼女も表情を崩さない。
「ライオネル・リエラは、三年くらい前に侍医長になった人だわ。その前までは、帝都で薬師をやっていたはずよ。三年前に、皇后陛下が病気でお倒れになったとき、どの侍医たちも治すことができなかったのだけれども、彼が調合した薬を飲んだら、たちどころに回復したのよ。それ以来彼は侍医として帝国王室に迎えられて、今では侍医長にまで上り詰めているのよ。アイツだったのね……こんな残酷な命令を出していたのは……」
ヴァシュロンは悔しそうな表情を浮かべ、そして、さらに言葉を続ける。
「元々、いい噂を聞かない人だったのよ。彼の腕を信じて多くの貴族が、彼に診てもらおうとしたのだけれど、特に女性に対しては、むやみやたらに体を触ってくると聞いたことがあるわ。もしかすると、皇后陛下にもそんなことをしているかもしれないって、お父様も言っておいでだったわ」
「単なるエロ医者じゃないか」
「えろいしゃ? どういう意味?」
「あ……いや、まあ、女性の敵というわけだな」
「そう、その通りよ。そんないい噂を聞かない人だったけれど、腕は確かなのよ。彼の手にかかれば、どんな病気もたちどころに回復してしまうのよ。そうやって、医者の仕事だけをやっていればまだよかったのだけれど、ここ最近は、政治のことまで口を出していると聞いたことがあるわ。さすがにそれは、皇帝陛下がお許しになるはずはないと思っていたけれど……。今回のことを見ると、もしかすると、皇帝陛下も彼の言いなりになっているかもしれないわね」
「で、君は帝都に帰って、どうするつもりなんだ?」
「決まっているわ。お父様に会って、今回のことを話すのよ。そして、ライオネル・リエラを帝国王室から追い出していただくのよ」
「それは無理でしょ?」
突然クレイリーファラーズが突っ込みを入れてくる。ヴァシュロンが彼女を睨む目が怖い。
「だって、シマタ病に感染している木を、この国に持ち込めと命令したのは、皇帝なのですよ? きっとライオネル・リエラにいいように扱われているのです。そんな皇帝に、彼を追い出すことなど、できるわけはありません。それとも、あなたの父上が、軍を率いて反乱でも起こしますか? それならライオネル・リエラを追い出すことはできるでしょうね?」
「……」
ヴァシュロンの口がモゴモゴしている。何か言いたいが、クレイリーファラーズを言い負かす言葉が見つからないのだろう。
「ただ、あのライオネル・リエラについては、早く手を打つ必要があります。このまま放っておくと、あの男は何をしでかすか分かったものではありません。事実、あのシマタ病に侵された木が、さらに数本、この国に持ち込まれているようですから、早くあの男を止めないといけません」
「え? 何? 今、何て言いました?」
「だから、ライオネル・リエラを止めないと、さらにデオルドさんのような犠牲者が増える……」
「大事なところはそこじゃない!」
俺は思わず絶叫していた。そして、クレイリーファラーズに顔を近づける。
「さっき、シマタ病に侵された木がこの国に持ち込まれていると言いましたね? ということは、昨年のような惨事が起こる可能性が極めて高いと言うことですよね? すぐにシーズに連絡を取って下さい。一番優先するべきことは、それです」
そう言って俺は、館の者に紙とペンを借り、シーズ宛の手紙を認め始めた……。




