第百五十三話 ヴァシュロン、語る
「苦手なんだ……」
そう言って俺はため息をつく。そんな俺に、ヴァシュロンは静かな声で話しかけてくる。
「目と目を合わせないと、相手が思っていることが、わからないわ」
「それが、イヤなんだよ。何だか俺のすべてを見透かされているような気持ちになる。それに……」
「それに、何よ?」
「君の目はとてもきれいだからだ」
「……どういう意味よ?」
「君の目を見ると、俺がどれだけゲスい男で、ダメな男であるのかを思い知るんだ」
「……変わっているわね」
「うん?」
「目つきが鋭いと言われたことはよくあるけれど、きれいだと言われたことは……初めてだわ」
「……そうか」
「あなたは私の目を見ると、自分の至らなさを感じると言うけれど、私も、あなたと目が合わないことで、とても不安を感じているのよ?」
「えっ!? どういうこと?」
「あなたが何を考えているのかがわからないから、あなたに助けてもらっても、何か裏があるんじゃないかって思ってしまうの。だから、最初、あなたと話をしたときは、実はとても戸惑っていたのよ」
まさかヴァシュロンからそんな言葉が出るとは思いもよらなかった。確か、初めて出会ったときは、彼女が結構な火魔法をブッぱなそうとしていたのを止めたときだった。確か、俺が皮肉ったことを天才だ何だと言っていたな。そう言えばあのときは、かなりテンションが高かった。あれは、戸惑っていたから……なのか?
「でも、あのときは周りにたくさん人がいたし、そこで私がスキを見せたらダメだと思って、必死でそれを隠していたのよ」
「……マジで?」
「あなたは全然私の目を見ないで喋っているから、一体この人は何を考えているのかが全然わからなくて……。そうかと思うと、一瞬で私の着ていたローブをヒントにして、色を組み込んだ言葉を言って見せたのよ。あのとき、本当に私は驚いたのよ? でも、どんな人だかわからないから、一生懸命目を合わせにいったけれども、あなたはすぐに目を逸らせてしまう……。最初は怖かったのよ?」
「その割には、えらく俺に我が儘を言っていた気がするけれども?」
「……まあ、すぐに悪い人じゃないとわかったし、意外に優しいところもあるから、何かにつけてものが言いやすかったのよ」
「意外に優しいって……」
「だって、あなたは私のお尻を触ったのよ? 帝国ではあり得ないわ」
「お尻ペンペンをされるようなことをするからだろう?」
「だからと言って、お尻はないでしょう! お尻よ? お尻なのよ? わかる? お尻よ?」
さっきから尻尻とうるさい。彼女は堂々としているが、それを聞いている俺は、何とも恥ずかしい。
「……ほら、また目を逸らせる」
ヴァシュロンが残念そうな表情を浮かべると同時に、部屋の扉が静かに開いた。そこには、神妙な顔つきをしたクレイリーファラーズがいた。
「あっ……ど……どうでした?」
「用意をして下さい」
「え? 何?」
「今からインダークに向かいます。すぐに用意してい下さい。あ、あなたはインダーク出身ですよね? すみませんけれども、私たちを帝都まで案内してください?」
いきなりの展開で俺は面を食らってしまう。よく見るとクレイリーファラーズの顔が赤く硬直している。もしかして、怒っているのか……?
「あの……いきなりそんなことを言われても……」
「今すぐ行くんですっ!」
あまりの剣幕にその場がシーンとなる。
「今すぐ行って……あの野郎を……あのゲス野郎を……。可哀想すぎるわ。デオルドさんが、可哀想すぎる……」
そう言ってクレイリーファラーズは泣き出してしまった。俺はヴァシュロンと顔を見合わせながらただ、その様子を眺める他はなかった。
「……落ち着きましたか?」
未だクレイリーファラーズはしゃくり上げてはいるが、鳴き声は収まっていた。俺は戸惑いながら彼女に話しかけた。
「ううう……ううう……」
「一体どうしたのです?」
「デオルドさんは……デオルドさんは……」
「デオルドがどうしたのよ?」
苛立ちを抑えながらヴァシュロンが口を開く。クレイリーファラーズは涙を拭いながらゆっくりと口を開く。
「とても優秀な人です」
「知っているわよ。私が聞きたいのは……」
「黙って聞いていただけますか? デオルドさんは、子供の頃から必死で勉強して、貧しい生活から抜け出そうとしていたのです。そして、あなたの父上の秘書官になることができた。そのお蔭で、彼の両親の暮らしはよくなったのです」
「……」
ヴァシュロンが苛立っている。私が聞きたいのはそこじゃないのよ! と考えているのが手に取るようにわかる。それは俺も同意見だ。だが、要点だけを端折って俺たちに伝えるだけのコミュ力は、この天巫女にはない。ここは我慢しかないのだ。
「彼はコンチネンタル将軍に仕えながら、政府の要人と接触することも多くなりました。そのとき、出会ってしまったのです。ライオネル・リエラに」
「ライオネル・リエラぁ?」
突然ヴァシュロンが声を上げる。一体どうしたんだ?
「ライオネル・リエラが動いていたと言うの?」
「ええ。そいつがこの一連の事件の、全ての黒幕です」
「まさか……」
ヴァシュロンの顔も険しくなっていく。そして彼女は俺に向き直り目をカッと見開いた。
「今すぐ帝都に行くわよ。準備をするのよ! さあ!」
彼女は俺の手を取って立ち上がった。
……初めて、女子と手をつないでしまった。俺は自分の顔が紅潮していくのを感じながら、固まるしかなかった。




