第百五十二話 やります!
「……何よ?」
館に入ると、そこにはヴァシュロンがいた。彼女は俺たちの姿を見ると、目を見開いて驚いていた。
「すまないが、もう一度、デオルドに確認したいことがあってね」
「……さっきの部屋に閉じ込められているわ」
そう言って彼女はプイッと踵を返して玄関脇の階段を足早に上っていった。
……デオルドは、壁に背中をくっつけた状態で、呆然と俺たちの姿を眺めていた。そして、ゆっくりと視線を逸らせた。
「さ、お願いしていいですか?」
俺はクレイリーファラーズを促して、彼の過去を覗き見てもらおうとする。だが彼女はしばらく立ち尽くしていたかと思うと、突然、俺の頭に彼女の声が響き渡った。
『無理です』
「何?」
『今日はちょっと……胸元が開いている服を着ていますので……下着が見えちゃいます』
「別にいいだろう? 減るものじゃないし!」
『何を言っているのですか! 天巫女ちゃんの下着を見せられるわけないじゃないですか!』
「いつものお前さんはどうした? いつもやっているだろう?」
『失礼ですね! 私がいつ、下着を晒しました!?』
「……毎日毎晩やっていますよね?」
『あなた……まさか私をそんなエロい目で見ていたんじゃ……。もしかして、毎晩毎晩私の下着を想像して……』
「マジで、いい加減にしろよ?」
「やはり、貴様もか……」
デオルドが突然口を開く。予想外の出来事に、俺は一瞬言葉を失う。そんな俺に、彼は軽蔑の眼差しを投げかけている。
「ここの住民は何かおかしいと思っていたのだが、やはり貴様の意向があったのか。貴様自身がこちらの世界の人間だったか……」
「もしもし?」
俺の言葉に、デオルドは再び悔しそうに視線を床に向けた。何やら大きな勘違いをされているようだ。一体、何がどうしたのだろうか?
『ちょうどいいじゃないですか。これなら吐きますよ?』
「何だと?」
『お前の体を好きに弄ぶ……そうなりたくなかったら、全てを洗いざらいぶちまけろと言えば、きっと吐きますよ?』
「あのなぁ。できることをやりもしないで、このまま逃げようなんざ、許されるわけはないだろう?」
俺は横目でじっとクレイリーファラーズを見る。彼女は俺からスッと視線を外した。
「どうして……」
デオルドが、悔しそうな表情を浮かべながら小さな声で呟いている。俺は彼の次の言葉をじっと待つ。
「どうしてわかったんだ? 誰にも、誰にも秘密にしていたのに……」
「何?」
「やはり、類は友を呼ぶ……というやつか。そうと知られたからには、仕方がない。好きにするがいい。私は……私は愛した人以外に肌身を許したくはない。許したくはないが……もはやこうなっては仕方がない。貴様の……貴様の好きにするがいい!」
そう言って絶叫したデオルドの目からは涙が溢れている。俺は一体何のことだかわからずに、キョトンとしたまま彼を呆然と眺める。
「……私、見ます」
今度は隣のクレイリーファラーズが呟いている。彼女も彼女で、真剣な表情を浮かべながら小刻みに頷いている。
「BLですよ、BL!」
「はあ?」
「このデオルドさんは純愛を貫くお方なのですよ! こんなイケメンが貫いてきた純愛……。興味があるわぁ。きっと、ものすごい濃い人生が隠れていますよ~」
「……もう、勝手にしてくれ。あとは、よろしく頼みます」
そう言って俺は部屋を後にした。
クレイリーファラーズとデオルドが二人っきりになってしまう状況だが、俺はその点に関して危機感を覚えることはなかった。デオルドは後ろ手に縛られているため、ほとんど抵抗できない状態だ。よしんば、足で彼女を攻撃したとして、致命的なダメージを受けるとは思えない。あとは、クレイリーファラーズがどれだけデオルドの過去を覗き見てくれるかだが、おそらく彼の恋愛遍歴を隅から隅まで見るのだろう。そうなればかなり時間がかかるはずだ。そんなところに付き合うのは、ちょっと精神的にしんどい。今は、あの天巫女が当初の目的を忘れないように、神に祈るだけだ。
「……大丈夫、ですか?」
館の応接間でぐったりしている俺を見て、ウォーリアが声をかけてきた。俺は力なく大丈夫だと言って、彼を下がらせた。そして、しばらく俺は目を閉じて、何も考えずにじっとしていた。
……不意に、扉が開く音が聞こえた。もしやもう、クレイリーファラーズの仕事が終わったのかと思いつつ目を開けると、そこには何と、ヴァシュロンの姿があった。彼女は黙ったまま俺の向かいの椅子に座る。そして、じっと俺に視線を向けた。
「……何だい?」
「デオルドは、しゃべったの?」
「いいや。今、クレイリーファラーズが尋問している」
「そう……」
そう言って彼女は俺から視線を外して、俯いた。
「まさか、帝国がこんなことをするとは思わなかった……」
ヴァシュロンは小さな声で呟いている。俺は姿勢を正して彼女に向き直る。
「去年、帝国がこの国に作物を腐らせる薬をバラ撒いた……というのは、知っているかい?」
俺の言葉に彼女はゆっくりと首を振る。
「一体、帝国は何の恨みがあるんだろうな。君も、帝国の人間だろう? 心当りはないのかい?」
ヴァシュロンは顔を上げて、俺をじっと眺めた。
「わからないわ。男は皆紳士で、女は皆淑女で……。そんな帝国がまさか、こんなに残酷なことをするなんて……お父様ももしかしたら、それに関わっているかもしれないわね……」
彼女は力なく呟いている。今回のことと言い、昨年のことと言い、それらが帝国が主導していたことにショックを受けているようだ。そんな彼女は、大きなため息をつきながら、さらに言葉を続ける。
「やっぱり、あなたは私と目を合わせてくれないのね……」
思わず俺は彼女に視線を向ける。その目は、キラキラとしていて、とてもきれいなものだった……。




