第百五十一話 本当に天巫女!?
「まあ、これまでのこの男の行動は、先程、クレイリーファラーズさんが言っていた通りということですかね?」
俺は誰に言うともなく呟く。
「このまま喋る気がないなら、どうしようもありませんね」
俺の言葉に、全員が俯き加減になる。デオルドに視線を移すと、彼はまだ、視線を床に落としたままだ。
「一旦、屋敷に帰りましょうか。ちょっと俺なりに対策を考えてみます」
そう言って俺は館を出た。
外はまだ雨が降っていたが、雨足は弱まっているために、歩けない程ではない。俺はゆっくりとぬかるんだ道を歩きながら屋敷へと向かう。
「なぜ、拷問しないのですか? この世の地獄を見せてやればいいのですよ」
俺の後ろを歩きながらクレイリーファラーズが、何やら物騒な言葉を吐いている。俺は彼女を振り返りながら、呆れたような表情を浮かべる。
「あのねぇ。そんなことを言われても、俺は拷問なんてやったことはないのですよ。まさか、あなたが拷問をやるとでも?」
クレイリーファラーズは、しばらく考える素振りをしていたが、やがて眼だけを動かして、俺を見据える。
「まあ、やれと言われればやれないことは……ちょっと、何ですか!」
彼女が喋っている最中に俺が近づいたため、思わず仰け反るようにして口を開いている。俺はそんな彼女にさらに顔を近づけて、小声で話しかける。
「あなたは天巫女ですよね? 神様の側近くに仕える人が、そんな拷問なんていう行為を、やっていいものなのですか?」
「あー。神様に知られると不味いですけれど。ま、問題ないでしょ」
「えらい事も無げに言いますね……。まさか、実際拷問をやったことがあるのですか?」
「あるわけありません。ただ、誰も耐えたことがなくて、自白してしまった拷問であればいくつか知っている程度です。たぶん、イチコロですよ?」
「……マジか。例えば?」
「そうですね……。机の上に両手を開いて載せて、掌の上に釘を打ちます。そうして、両手が動かせない状態にしておいて、指を一本一本金槌で思いっきり叩いていくのです。大体、片手が終わる頃までに、ホシはゲロしますね。指が倍以上に膨れ上がりますから、てぶくろ、とその世界では呼ばれています」
「……」
「あとは、ホシを丸太に括りつけて、ちょうど豚の丸焼きを作るような形にして、下から火であぶっていく、バーベキューというのもありますよ。これはちょっと準備が大掛かりになりますから、始めるまでに時間がかかりますが、始まってしまえば割と簡単に口を割るみたいです。あ、すぐに始めると言うのであれば、松明で顔や体を焙るという手もあります」
「……一体アンタ、どこでそんな知識を仕入れたのですか?」
「あれれ? むしろなぜ、知らないのでしょう? 誰もが知っていると思うのですが?」
「いや、誰も知らんでしょ」
「ええ~? じゃあ、さすがにマルバシは知っているでしょ? 有名ですものね?」
「ゴメン、知らんわ……」
「あなた、一体何を勉強してきたのですか? あの丸橋忠弥が受けた拷問ですよ? 背中に刀で傷をつけて、そこにドロドロに溶けた錫を流し込むのです。どんなに口の堅い男でも一発で全てのことを吐くというシロモノです。他にもスルガ……」
「いえ、もう結構です」
俺ははぁぁぁとゆっくり息を吐き出す。何やら胸がムカムカして胃の中のものを吐き出してしまいそうだったのだ。
「もう一度確認しますが、あなたは、天巫女なのですよね?」
「しつこいですね。こんなにかわいい女子が、天巫女でないわけはないでしょう?」
「敢えて突っ込みませんが、天巫女だったら、相手の過去を覗き見る……みたいな能力は持っていないのですか? 確かあなたは、人のスキルを見ることはできましたよね? それと同じく、相手の過去を覗き見るなんてことは……」
「……できないことも、ないこともないこともないです」
「どっちなんだ!?」
「できるか、できないか、で言えば……できる……かな?」
「ああん!?」
「天界にいるときは、何の問題もなく見られたのです。でも、ここに送られて来てからは、なかなか思い通りに見ることができないのですよ」
「どういうこと?」
「その……天巫女としての目が悪くなっていると言いますか……」
「至近距離で顔を突き合わさないと見えない……そう言われるので?」
「だけならまだいいのですけれど……」
「他に何か?」
「その人のこれまでの人生を見ようとすると、その人の顔ではなく、頭の後ろを見なければならないのです。今の眼力で見ようとすると、あの人の顔が、ちょうど私の胸の谷間くらいまで近づいて来る形になるのです……。そうなると……ねえ?」
「言っている意味が分かりませんが?」
「あんなイケメンが私の胸の谷間を覗き込む格好になるのですよ? 恥ずかしいじゃないですか」
「……恥ずかしいって柄か! できるんなら拷問なんて物騒なこと言わないで、最初からそれをすればいいじゃないか!」
俺はすぐその場から、デオルドが軟禁されている館に取って返した。もちろんそれは、クレイリーファラーズに彼の過去を見させるためだ。ヤツは、恥ずかしいだの、胸の形が何だのと言い訳を並べていたが、俺は彼女の手を取って、無理やり館まで引きずって行ったのだった……。




