第十五話 天巫女
あまりの予想外の話に、俺はあんぐりと口を開けて、目の前のクレイリーファラーズを見つめる。その様子を見た彼女はまたもや、はぁ~と大きなため息をついた。
「あなたがすぐに死んでしまわないように、ジジイが私を下界に遣わしたのです。転生したけれど、すぐに死んでしまって天界に戻ってこられても、困りますからね」
「あの……どういうことでしょうか?」
「ジジイは、80年もの寿命があるのにもかかわらず、あなたを天に召してしまったという大失態を犯しているのです。……え? 私の字が汚かった? ……オホン、確かに字が汚いことは否定しませんが、ちゃんと確認しなかったジジイも悪いのです。さらには、あなたの魂を天に召したフェアリティシモ……最初にあなたが見た天巫女です。覚えていませんか?」
「ああ、あのきれいなお姉さんですね!」
「……まあ外見だけですけれどね。性格の悪さは天下一品ですけれどね。 ……いいえ、こっちの話です。あの女も、きちんと最終確認していなかったのです。つまり、ミスにミスが重なって、今回のコトが起こったのです」
「でも、なぜクレイリーファラーズさんが、俺が死ぬまで見守らなきゃいけなんですか?」
「まあ、はっきり言うと隠蔽ですね」
「隠蔽!?」
「このことが他の神にバレれば、まちがいなくジジイは天上神様からお叱りを受けます。お叱りくらいであればいいのです。今回のコトはバレれば確実にジジイは失脚します。それを防ぐために、無理やりあなたを転生させ、その上、私にその監視を命じたのです」
「ええ~」
「これはもう、あきらめるしかありません。私だって来たくて来ているんじゃありませんから。できることなら、早く天界に帰りたいです。しかし、ジジイは私の天巫女としての能力のほとんどを奪っていますから、帰ろうにも帰れないのです」
「クレイリーファラーズさんが天界に帰ることができるのは……」
「あなたが死んで、その魂を天巫女が迎えに来るそのときに、一緒に連れて帰ってもらうのです」
「はぁぁぁぁ……」
何ということだ。俺は思わず頭を抱える。死ぬまでこの毒舌姉さんと一緒に居なきゃならないとは……。今はいいが、この先この毒舌がいつ俺に向くのか分からない。うう……お腹が痛くなってきた。
だが、待てよ? 天巫女ということは、神様に仕えている女性ということじゃないか。だとすれば、能力を奪われたとはいえ、何かの特殊能力を持っているはずだ。もし、俺のこれからの生活に役立つのであれば、一緒に居るメリットはある。俺はスッと顔を上げて、彼女に向かって口を開く。
「あの……すみません、天巫女というのは、どういう人たちで、どんなスキルをお持ちなのでしょう?」
「天巫女というのは、神様にお仕えする巫女のことです。スキルは、その人の人生を読み取ることができます。当然、その人のスキルやステータスも見ることができます。さらには、死者の魂を迎えに行きますので、空中を浮揚したり、姿を消したりすることもできます。あとは、巫女によって持っているスキルはバラバラです。中には雨を降らせるなどの天候を操るスキルを持った巫女もいます。そういうのは大抵魔法使い上がりですが、そうしたスキルを持った人は少ないですね」
「その、神様の側にお仕えする天巫女になっている方は、どういった方なのですか?」
「基本的には、神の好みです」
「え?」
「基本的には、神の助手のような立場ですので、人当たりのいい人が多いです。まあ、言ってみれば、性格がよくてきれい、もしくはかわいい女性が多いですね」
彼女は頷きながら、きれいとかわいいの言葉を何故か強調して喋っている。俺はははぁと頷きながら、言葉を返す。
「なるほど、だから俺を天界に連れて行ってくれたあの巫女さんは、あんなにきれいで、やさしかったんですね」
俺のその言葉に、クレイリーファラーズはチッと舌打ちをする。
「外見は、ね。でも、本当に性格悪いですよ? ジジイであれ、人間であれ、男と見れば色目を使う女ですから。確かに、男性受けはいいですけれど、女性からの評判は最悪です。ジジイにも色目を使ったお蔭で、今回のこともあの女はお咎めなしです。あなたのことだって、全然喋らないから面白みのない男だって裏で言っていたくらいなのですよ!」
「すみません……俺、きれいなお姉さんは苦手なんです。何ていうかその……。緊張して喋れなくなるんですよね……」
その話を聞くや、クレイリーファラーズは一切表情を変えないまま、首をカクンと横に倒し、その態勢のまま、口元だけニヤリとした笑みを湛えながら、感情を一切込めていない口ぶりで、俺に語り掛けてきた。
「……ということは、私はきれいなお姉さんではない、ということですか? さっきからずいぶんとおしゃべりになっていますよね? ええ、いいんですよー? そうですか。きれいなお姉さんは苦手で、喋れなくなるのですかー。よーく、わ、か、り、ま、し、たっ!」
……面倒くさい人だな。そんなことを思いながら俺は、再び大きなため息を漏らす。何だか、部屋の空気がどんよりとしてしまった。ちょっと、話題を変えよう。
俺は深呼吸をして、再び口を開く……。




