第百五十話 どうしちゃったんだよ!?
……目の前に座るデオルドは、俯いたまま一切俺に視線を向けようとはしなかった。
彼は後ろ手に縛られ、正座をする形で床に座らされている。ワオンに噛まれた跡なのだろう。足に包帯が巻かれている姿が痛々しい。だが、この男に情状酌量の余地はない。
「先ほどから全く、何もしゃべろうとしません」
ウォーリアが静かな声で俺に報告する。聞けば、先程からこんな抜け殻の状態のままのようだ。俺はゆっくりと彼の前にしゃがむ。そして、手を彼のあごの下に持って行き、無理やりその顔を俺に向けさせた。
「……」
不貞腐れるような、スネているような表情だ。顔を上げさせても、目は横を向いていて俺を見ようとはしない。せっかくのイケメンなのに、勿体ないなと思いながら、俺はゆっくりと息を吐く。
「シマタ病に感染している木はすべて回収した。目論見が外れて、残念だったな」
「……」
「なぜ、こんなことをする?」
「……」
「喋る気はないってか?」
「……」
俺は再び、大きくため息をつく。そして、デオルドの顔から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
「どうやら、喋る気はなさそうだな」
集まった村人たちを見るが、皆、無表情だ。それを確認しながら俺は、さて、どうしようかと考える。そのとき、ヴァシュロンが部屋に入ってきた。その後ろからパルテックと、何とクレイリーファラーズまでもが入ってきた。
ちょっと驚いている俺に、ヴァシュロンがじっと視線を向け続けていることに気が付く。……ヤバイ。目が合ってしまった。……俺はそっと彼女から視線を外して、咳払いをする。
「で、ホシはゲロしたのですか?」
一体いつの時代の刑事ドラマやねん、という突っ込みを入れそうな問いかけをしているのは、クレイリーファラーズだ。
「いいえ。喋る気はないようですね」
「じゃあ、体にきけばいいじゃありませんか?」
「あのねぇ……」
「ちょっと待って、体にきくって何よ? 薬を与えるの?」
真面目な顔をしてヴァシュロンが聞いてきた。この人は天然なのだろうか……? まあ、知らないために出た言葉だろう。そう思うことにする。
「さて、どれから行きます?」
「どれから、とは?」
「てぶくろ? バーベキュー? ……いきなりマルバシにいくのも、いいかもしれませんよ?」
クレイリーファラーズの言っていることが、俺には全く分からない。というより、アンタ天巫女だろう? 神様の側に仕える神聖な女官じゃなかったのか? 何でそんなにうれしそうなのだろうか?? 言葉の意味はよくわからないが、かなりロクでもないことを考えていることは、よくわかる。
「ちょっと待って。その前に、話をさせて欲しいの」
「話をするって……あなたが? というより、どうしてここに来たんだ?」
「ここは私の部屋がある建物よ。私の部屋に帰ってきて、何が悪いのよ?」
そう言うと彼女は、俺たちに構うことなく、ツカツカとデオルドの傍に近づき、そして、膝を折って彼をじっと見つめる。
……デオルドはゆっくりとヴァシュロンから目を背けた。
「これは、あなたが独断でやったことね? お父様は知らないわね?」
ヴァシュロンの、まるで決めつけるかのような言い方だが、その言葉にデオルドはピクリと体を震わせて反応する。
「手紙を書くわ。パルテック、用意して!」
「おい、一体何をする気だ?」
「ご領主様に迷惑はかけないわ。父に手紙を書くだけよ。デオルドが帝国で厳重に管理されている毒物を持ち出して、この村に仕掛けようとしたと伝えるのよ。あ、私の手紙と一緒に、デオルドも父の許に帰すといいわ。彼の扱いは父に任せておくといいわ」
相変わらず自信満々だ。そんな彼女に、クレイリーファラーズが口を開く。
「それ、本気で言っているのですか?」
「……どういう意味よ?」
「このデオルドという男が、独断でやったことだと、本気で思っているのですか?」
「何よ、父がこんな命令を下すわけはないわ!」
「何もあなたの父親が黒幕だとは言っていません。ですが、この男一人がやるにしては、少々規模が大きすぎると思いませんか? 下手をすれば、この村はもちろん、この国、ひいては周辺国までも巻き込む大災害になる可能性があるのです。そんな恐ろしいこと、思っていてもなかなか実行に移せるものではないでしょう?」
「じゃあ、別に命令を下した人がいるとでも言うの?」
「シマタ病は確か、帝都の皇帝が住む宮殿の地下に秘蔵されていたと聞きました。それだけ厳重に管理された所から、それを持ち出すだけでも大変なのに、この男は、シマタ病に侵された木を何本も持っていました。そんなものが易々と持ち出せると思いますか?」
「……」
「きっと、誰かに命令されたのに決まっています。そうでなければ、こんな物騒な物は持ち出せないでしょう? それとも、このデオルドという男は、そんな警戒厳重な場所からシマタ病に侵されている木を盗み出すほどのスキルがあるとでも? で、あれば、こんな間抜けな捕まり方はしないですよね? というより、インダークは昨年、この国の農作物を壊滅させるような薬を使ったことを知らないわけはないですよね?」
クレイリーファラーズの見事な推理に、ヴァシュロンは一切表情を変えてはいないものの、どうやら納得しているようだ。一方で、デオルドはと言うと、悔しそうに唇を噛んでいた。どうやら、彼女の推理が図星をついていたらしい。
そのとき、外から雨が降る音が聞こえてきた。……これは、普段やりつけないことをしているせいだろうか? そんなことを思いながら、俺は再びデオルドに視線を向けた……。




