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第百四十七話 新たなる攻撃

あの日以来、ヴァシュロンは俺に目を合わせろとは言わなくなった。無意識に流した俺の涙に、かなり衝撃を受けたようだった。


あのとき彼女は確かに、ちょっと驚いた表情を見せていた。オマエ、何で泣いてんの? くらいの雰囲気だった。てっきり俺はなぜ涙を流しているのかを説明しろと言ってくると思っていたが、彼女はパルテックを促して、そのまま屋敷を出ていってしまった。


それからさらに一週間が経ち、もう三月と言うこともあって、外の空気に少し暖かさを感じるようになった。屋敷の中では、相変わらずヴァシュロンがいつもと変わらぬ様子で、レークと仲良くおしゃべりをしている。俺に対しても、これまでと何ら変わらない対応だ。むしろ俺に対して、無茶な要求を突き付けてこなくなっているので、これはこれでありがたい限りだ。


そんなとき、王都のシーズから書簡が届いた。どうやら、インダークは本気でこの村を攻めようとしているらしい。ヴァシュロンの実家と、元の婚約相手であるクレイドル公爵は、仲たがいするだろうという予想を裏切って、どうやら手を結んだらしい。俺は、大事な娘を手籠めにした大悪人であり、婚約者を寝取った破廉恥野郎という烙印を押されているようだ。もはや誤解もここまで来れば、笑うしかない。


「インダークが攻めてきても大丈夫よ。きっと軍勢を率いるのはお父様だわ。私が体を張って出れば、攻撃はできないわ」


全く根拠はないが、ヴァシュロンは自信があるらしい。もし、司令官が父親ではなかったら? という考えはないのだろうか。だが、そんな彼女の堂々とした振る舞いは、何となく俺を勇気づけてくれた。


だが、そんな中、事件は起こってしまった。まだ夜が明けきれない中、ふと目を覚ますと、ワオンがベッドの上に起き上がっていた。


彼女がこんな状態になるのは珍しい。大抵は朝までぐっすりと眠るのだ。例外的に、俺が夜中にトイレに行くときなどは、眠い目を擦りながら起きてきて、俺について来ようとするくらいなものだ。もっともそのときは、お手洗いに行くから、すぐに帰ってくるので眠っていなさいというと、そのまま背中を丸めて眠るのが常なのだ。


だが、この日はいつもとは違い、ワオンの目が爛爛と輝いている。そして、鼻をピクピクと動かしている。


「ワオン? どうした?」


彼女は俺に全く視線を向けることなく、ゆっくりとベッドから降り、ひょいと後ろ足で立ち上がって、前足でドアを開け、そのままダイニングに歩いていく。俺もその後ろに付いていくが、彼女は屋敷の外に出ていく。


スタスタと、何の迷いもなく彼女は村に下りていく。俺のその後を黙って付いていく。一体どこまで行くのだろうと思っていると、村はずれの森の入り口付近で彼女は足を止めた。


「ワオ……ン?」


ある一点を見つめたまま微動だにしないワオン。この先は深い森になっていて、誰も近づく者はいない。真っすぐに進めば海にたどり着くらしいが、森を出るまで約一週間を要するらしく、道もないこの森に入ろうとする者は皆無なのだ。そんな森に向かってワオンはひたすら視線を向け続けている。


突然ワオンが森に向かって走り出した。あまりの速さで、すぐに彼女を見失ってしまった。


「……ぐわっ!」


森の中から男と思われる叫び声が聞こえる。俺はその声のする方向に向かって、森の中に足を踏み入れた。


……ワオンの姿はすぐに見つかった。何と、男の足、それもふくらはぎに噛みついていたのだ。それでも男は這いながら必死で逃げようとしている。どうやら仲間がいるらしく、二人の男が近づいて来ていた。俺は反射的に、ワオンに向かって走り出した。


「お前ら、何者だ? 何をしている?」


「……!」


声にならない声を上げ、男たちは固まる。それと同時に、ワオンが噛んでいるあごに力を入れたのだろう、男の悲鳴にも似た声が聞こえる。


「うっ……うわぁぁぁ……」


俺の前にいた二人の男たちは、一目散に逃げていった。俺は追いかけようとしたが、森の闇に消えてしまい、すぐに見失ってしまった。仕方なく、ワオンが噛みついている男に近づいて見ると、その傍らには大きな布袋が落ちていた。一体何だと思って中を検めると、そこには数本の木のような棒が入っていた。薄明かりの中なのでよく見えないために、一旦袋を閉じ、突っ伏している男に視線を向ける。男は痛みを必死でこらえながら、まるで匍匐前進をするかのように、ゆっくりと俺から遠ざかろうとしていた。


「ぐっ……ぐぅぅぅぅ」


男の襟首を掴み、森の外まで引きずり出す。手で俺の腕を掴んで抵抗しようとしていたが、ワオンが足に深々と噛みついているために激痛が走るのだろう。掴む手が時おり大きく震えていた。


そんなことに一切構わず俺は、男を村の道路の真ん中に投げ出すようにして叩きつける。辺りは、畑仕事に出ようとしていた人々が集まり出していた。皆、異様な様子に最初は絶句していたが、やがて状況を察した人々が、あっという間に男を縛り上げた。そこでようやく、ワオンは噛むのをやめた。男の左足は血で染まっている。


「お前は誰だ? 一体何をしようとしていた?」


俺の問いかけに男は答えず俯いたままだ。


「答えろ! ……うん?」


無理やり顔を起こしてみると、それは見覚えのある顔だった。その男は以前、この村にやって来たことがあった。そう、ヴァシュロンのもう一人の従者である、デオルドだった……。

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