第百四十六話 褒められる
しばらくすると、ウォーリアがクレイリーファラーズを伴って屋敷にやって来た。二人ともとても楽しそうに話をしている。一見すると、恋人ですと言っても違和感のない二人だ。だが、ウォーリアは、ダイニングでサポスの姿を見つけると、一瞬、無言になった。二人は目を合わせた瞬間に何らかの情報をやり取りしたかのように、同じタイミングで視線を逸らせた。
「ご領主様、避難所の者たちから出ました意見です」
彼はリーダーらしく、避難所に住む人々の要望をまとめ、俺の許に持って来てくれたのだ。実は俺は、彼が持って来る要望書に目を通すのをとても楽しみにしていた。ここから上がってくるアイデアが奇想天外すぎて、いつも俺は唸らされるのだ。
例えば、前回上がってきたアイデアは、子供たちが遊ぶための場所が欲しい。ついては、畑の一部を森にしたい、というものだった。
別に森なんざ、そこら辺にあるじゃないかと思うが、彼らは避難所の近くに森が欲しいのだという。子供が遊べるという点に面白いと思った俺は、すぐさまそれを実行してもよいと許可を出した。どうするのかと思っていたら、なんと彼らは森に生えている手ごろな木を切り倒して、それを畑に突き刺していた。一見すると森のようなものが出来上がったが、それは今、徐々に枯れつつある。誰か根がないと育たないと教えてやれば良さそうなものだが、そんな状況の中で、彼らはこのやり方では木が枯れると学んだようだ。今回は、指定した部分の木々を俺の土魔法で掘り上げ、それを森を作る場所に持って行きたいと書かれてあった。そちらの方が上手くいきそうな気がするので、即決で許可することにした。
その他、避難所が良くなるように、また、それだけでなく、この村が良くなるように、村人たちも巻き込んで考えてくれている。まさしく、この村は村人たちが作り上げようとしている。そんなことを感じた俺は、冗談交じりに呟いた。
「もう、この村は領主はいらないかもな」
その言葉を聞いてウォーリアが、いつになく真剣な表情で俺に口を開く。
「何を言われます。この村は、あなた様でもっているのです。そのようなこと、言わないでください」
予想外の反応に驚いた俺は思わず、すみませんでしたと謝る。ウォーリアはいつもの優しい顔に戻り、クレイリーファラーズたちに視線を向けながら、口を開いた。
「この村には、可能性があります。これからもっともっと良くなる要素が沢山あります。そんな村を、我々が造っている……。このように楽しいことはありません」
俺はそんなものかなと思いながらその話を聞いていた。だが同時に、何か肩が軽くなった気がした。この村の発展は、俺の双肩にかかっている……。無意識に俺はそんなことを考えていたようで、ウォーリアの言葉は、俺が知らないうちにかけていた自分へのプレッシャーから解放するきっかけになった。
結局俺は、この日に出された要望のほぼすべてを許可した。別に、人の迷惑にならなければ、何をやっても構わない。失敗すればそこで学べばいい。それに何より、村人たちが議論を重ねた上、皆で納得してから俺のところに持って来ているのだ。それを俺が認めないなどと言うのは、ちょっと違うと思ったのだ。
ウォーリアとサポスが仲良く屋敷を後にした次の日、いつものように、ヴァシュロンとパルテック、そしてハウオウルがやって来た。三人に昨日の話をしていると、ハウオウルが機嫌の良さそうな笑い声をあげた。
「カッカッカ! ご領主、それは理想的な領主と領民の関係ですぞい!」
「え? そうなのでしょうか?」
「儂もいろんな領主と領民を見てきたが、大抵は領主の命令を領民が無条件に聞くというものじゃ。酷いのになると、この街は領民であるお前たちが造れ……などと言い出す領主もおるのじゃよ」
「あれ? いい領主ではないのですか?」
「本当に領民にその街を作らせるのであれば、な。じゃが、そういう領主に限って、領民が考えた案を認めず、己の意に沿う意見が出るまで何度も領民に考えさせる……。そんな領主もおるのじゃよ」
「……最低ね。時間の無駄じゃない」
「ほほう、お嬢ちゃんはなかなか賢いの。じゃが、時間の無駄とは気づかずに、そうした領主は己の思い通りの案を出せなかった領民に責任を押し付け、結果的にその国の力を削ぐことになるのじゃよ」
「何か、いいことを言っているようだけれども、結局やっていることは、最悪なのね」
「その通りじゃよ。世のため人のため……領民のため……などと言っておる者は、よくよく注意せねばならんのじゃよ。そういう者は、己のやっていることが正しいと信じ切っておるからな。他人の意見には耳を貸さぬし、むしろ、反対意見を言おうものならば、敵と見なしてくる。そんな領主の許で働くのは、疲れることじゃろう。まあ、そういう領主の許には優秀な者は残らぬな。賢い奴は、最初に逃げていくからの? そこへ行くと、ご領主は優秀じゃよ?」
「そんな……優秀だなんて……」
「優秀も優秀じゃよ。何より人の意見に耳を傾けて、よい意見ならば素直に受け入れるのがええのじゃ。それに、ご領主はご自身の行動が正しいとは思っておらぬじゃろ? むしろ、疑っておるはずじゃ。もっといいことはないか、いい方法はないかと……。違うかな?」
「ま、まあ、当らずとも遠からずと言いますか……」
「ご領主、アンタは、今のまんまでええ。今のアンタじゃからこそ、村人たちが伸び伸びと意見を言ってくるのじゃ。このご領主ならば話を聞いてくれると思っておるのじゃ。なかなかできることではないぞい?」
「……はあ」
いきなり手放しでほめられたので、何だか面はゆい。そんな戸惑う俺に、ヴァシュロンが声をかけてきた。
「人の意見を聞くことができるのなら、早く、私の目を見て話をするようにしないといけないわ。ほら、今でも、私と目が合わない! 目を合わせるのよ!」
ヴァシュロンの顔が近づいて来る。はっ……恥ずかしい……。
俺は体がちぎれるくらいに、必死になって顔を背けるが、彼女はなおも俺に近づいて来る。そして、お互いのおでこがくっつくまでに顔を近づけてきた。
「ほら、やっと目が合った。こうやって目を合わせて人と喋るのよ? 今度から、あなたとはこうやって喋ろうかしら?」
俺の目から、涙がどんどんと溢れ出した……。
諸事情により、しばらくお休みします。次回は8月1日に更新予定です……。




