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第百四十五話 え? 何で?

ノスヤ家で飼われているフェルドラゴンのワオンは、テーブルの柱にもたれながらうたた寝をしていた。外は寒いが、屋敷の中は温かい。それもそのはずで、ダイニングの暖炉では火が赤々と燃えているのと同時に、キッチンではレークが忙しく働いている。彼女がいるときは必ずカマドに火が入り、お湯を沸かしているために、冬とは言いながらこの屋敷は常に温かい状態になっているのだ。


昼食後と言うこともあって、ワオンはまどろみの中にいた。その姿は誰が見てもかわいいと言うに違いないほどの愛らしさだった。そのワオンに突然、バラのような強い香りが鼻をついた。思わず目を開けると、何と目の前に人間の顔があった。言うまでもなく、ヴァシュロンが鼻がくっつくほどに顔を近づけていたのだ。


「きゅう! キュキュッ!」


驚いたワオンは一目散にキッチンに逃げてレークの胸に飛び込む。


「どうしてあなたは私に懐かないのかしら?」


不思議そうな顔でヴァシュロンは首をかしげている。彼女としてはワオンと仲良くしたいのだが、なかなか受け入れてもらえていないのだ。手を変え品を変え、色々と距離を縮める努力はしたが、今のところ、彼女がエサを与えると食べるようにはなったが、撫でたり抱っこしたりすることはできていない。


「でも、少しずつ懐いてきていますよ」


レークがワオンの頭を撫でながら笑顔で話しかけてくる。


「そうかしら?」


「今までですと、近寄ろうとしただけでワオンは逃げていましたけれど、今日は触ることができる距離まで近づけたではありませんか」


「ただ寝ていただけよ」


「ワオンはとても敏感ですから、本当に嫌な人が近づけば、すぐに目が覚めるはずです。あまり焦らずに、少しずつ距離を縮めていけばいいと思います」


笑顔で話をしているレークを見て、ヴァシュロンはそんなものかなと一人で納得する。そのとき、屋敷の外でノスヤに案内を乞う声が聞こえた。レークが慌てて玄関に出ると、そこには、シーズの使者であるサポスが姿勢を正して立っていた。


……俺は、パルテックと共に避難所にいたところを、突然屋敷に呼び返された。そして、屋敷ではシーズの使者が控えていて、俺に手紙を差し出した。正直、中身を見るのが怖かったが、読まねばならない。恐る恐る手紙を開け、ゆっくりと目を通す。


レーヴ嬢とのお見合いから約十日。シーズは知らせが早かったことに驚いていた。クレイリーファラーズが何の鳥を使役したのかは知らないが、何と、夜に出した手紙が、翌日の昼過ぎにはシーズの許に届いていた。まるで郵便局並みの速さだ。


報告が早かったために、シーズの方ではうまく対応できたらしい。王都において俺や本家の評判が下がることはないから安心しろと書かれてあった。だが、アンソレ子爵家は家格は低いが貴族の一員だ。ということは、レーヴ嬢は社交界にも顔を出している。彼女がそこで俺の悪評を並べ立て、貴族の女性たちへ評判を落とす工作をしないとも限らない。今後も、隣のアンソレ家の動向に注意せよと書かれていた。


「注意せよと言われてもな……」


俺は思わずそんなことを呟く。そんな様子を見ながら、使者であるサポスは姿勢を正したまま俺を睨みつけている。相変わらず髭面でイカつい顔だ。


「……何か?」


じっと俺を睨んでいるので、思わず彼に話しかける。サポスはそれを待っていたかのように、懐からもう一通の手紙を取り出した。


「シーズ様より、私がこちらに向かう直前にこれを受け取りました。ノスヤ様が落ち着いているようならば、これを渡せと言われておりました」


彼の言葉の意味がいまいち飲みこめないまま、俺は手紙を受け取る。そこには、走り書きされた短い文章が書かれていた。


『インダークが今秋、リリレイス王国に侵攻するために準備に入った。警戒せよ』


「はあ?」


俺は思わず声を上げる。インダークが侵攻する可能性はゼロに近いと言っていましたやん、兄さん。侵攻する準備に入った? ヤル気満々ですやんか! どうしますの?


「また、近日中にシーズ様から書簡を送るとのことです!」


そう言ってサポスはスッと立ち上がり、機敏な動きで俺に一礼をした。まさしく骨の髄まで軍人と言える風貌と行動だ。先日、ウォーリアの前で見せた人物とは到底思えない。


「あの……今日はもう、戻られるので?」


「はい、そのつもりです!」


「もうすぐ、ウォーリアさんが屋敷に来ますが……」


「はっ!?」


「あ、いや、無理はしなくていいですよ」


俺は別に、ウォーリアと会うならば止めないという意味で言ったのだが、サポスは何を勘違いをしたのか、大きなため息をついて首を振った。


「ありがとうございますぅ。そう言っていただけると助かりますぅ。ホント、いつも軍人らしくしてなきゃいけないから、疲れちゃうんですよね~」


本当の困ったような顔をして、髭面の厳めしい、ガチムチの男がおネェ言葉を使っている。


「あ……俺は、ウォーリアさんと会うのなら、お好きにどうぞと言う意味で言ったのですが……」


「あら、ごめんなさぁい。アタシ、何か勘違いしちゃったみたいで……。でも、助かりますぅ。なかなかご理解いただける方が少ないんですよねぇ……」


「た……大変ですね」


「そうなのですぅ。我々はただ、人を純粋に愛しているだけなのですけれどもね……。そこいらの女なんかよりよっぽど純粋なんですけれども、まだまだわかっていただけない方が多くて……。あ、もしかして、ノスヤ様もご興味がおありですか? もしよければ、紹介しますよ? ……あ、興味ありませんか? でも、こう言っては何ですけれども、あたし達と付き合えば、人生観が変わりますよ? 一度、経験してみては、いかがですか?」


キラキラした、とても純粋な目で彼(彼女)は訴えかけてくる。そんな姿に俺は圧倒されながら、必死で口を開いた。


「今の人生が、割と気に入っています」


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