第百四十一話 そして、お見合い
アンソレ子爵夫婦は、ハウオウルとクレイリーファラーズが領内を案内することになった。二人はニコニコと笑みを浮かべながら屋敷を後にしていく。その後を、パルテックが追って行った。ダイニングには、俺とレーヴ嬢の二人がポツンと残された格好になった。
……さて、二人になったはいいが、どうやって話を進めようか。
そんなことを考えていると、レークがお茶を取り換えに来てくれた。何ともいいタイミングだ。だが、目の前に座るレーヴ嬢の顔が引きつっている。そんな様子にレークは構うことなくお茶を入れ替え、にこやかに挨拶をしてその場からキッチンへと下がる。
「……ご当家では、獣人を召使になされるのですか?」
レーヴ嬢が口を開く。どうも彼女も、誰かさんと同じく獣人が苦手らしい。
「はい。とても優秀な子ですので、この屋敷のことを色々と手伝ってもらいっています」
「もし、私との婚儀がなった暁には、どうぞお暇を出してくださいませ」
「どうして……でしょう?」
「獣人は……人間になれなかった種族ですわ。獣の血が入っております。そのような劣った者たちと時間を共にするなど……考えただけでも身の毛がよだちますわ」
お前はバカか? という言葉を必死で飲みこむ。どうしてこの世界の一部の人間は、こうも獣人を嫌悪するのだろうか。不思議に思った俺は、その点を尋ねてみることにする。
「なぜ、そうも獣人を毛嫌いなさいますか?」
「当然ですわ。我々貴族の者はまず、次代を担う子孫を残すことが義務付けられております。できるだけ優秀な子供を産み、育ててゆかねばならぬのに、獣人のような劣った者たちが傍にいましたら、子供の教育上よろしくありませんわ」
「……では、子供が生まれるまでは、よいと。そう言われるのですか?」
「あり得ませんわ」
見事なほどに一刀両断だ。俺は思わず天井を仰ぐ。
「あなた様との婚儀を進めたいと申しましたのは私でございます。あなた様は、シーズ様の弟にして、このラッツ村を穀倉地帯に生まれ変わらせたお方です。そのお見事な手腕は、私もよく聞いております。あなた様の許に嫁げば、きっと生まれてくる子供は、優秀に違いありませんわ。その子供を教育し、世に出し、このユーティン家の名声をさらに広めていく……私はその、お手伝いをしたいと存じます」
言っていることが現実的すぎて、何だかお腹が痛くなってくる。彼女には好きとか嫌いといった感情よりも、家をどうするのかが大切なのだろうか。衝撃を受ける俺に、彼女はさらに言葉を続ける。
「もしお許しいただけるのなら、子供の一人を、我がアンソレ家に養子にやりたいと思っております」
「え?」
「必ず……必ず男の子を二人生んで見せますわ。長男をこのユーティン家を継がせ、次男をアンソレ家に……」
あまりの迫力に、俺はドン引きしてしまう。一体何なのだろうか、この人は。
「……そのためには、優秀な子供に育てなければなりません。ですから、獣人は、このお屋敷には入れないでいただきたいのです」
毅然とした表情で彼女は言い切った。返す言葉が見つからない俺は、思わずレークの入れてくれたお茶に手を伸ばす。……っと、何て鋭い視線を向けてくるのだ。だが、ここで負けるわけにはいかない。俺は彼女が入れてくれたお茶をゆっくりと味わった。
……美味しいお茶だった。そう思っていると、再び彼女が口を開く。
「あの……こちら様には、仔竜がいると伺いましたが……」
「ええ、いますよ。ワオン~。おーい、ワオン~」
「きゅ……きゅぅぅぅぅ……」
何だか恥ずかしそうにワオンが姿を現す。俺は椅子から立ち上がり、ワオンにおいでとゼスチャーをする。彼女はトコトコと俺の許にやってきて、抱っこをするような形で、俺の腕に納まる。
「ワオンと言います。ほら、可愛いでしょ?」
彼女は俺の胸に顔を擦りつけているので、可愛い顔が半分くらいしか見えないが、それでも十分にこの愛らしさは伝わるだろう。俺はワオンに、レーヴさんにご挨拶をしなさいと言おうとしたそのとき、レーヴ嬢が近づいて来て、ワオンの顔をまじまじと見つめた。
「……羽が生えている。確かに仔竜ですわね」
「フェルドラゴンという種族のようです。メスなのですよ」
彼女を抱きしめる俺に、レーヴ嬢はこれまでとは打って変わって、明るい声で話し始めた。
「二人で、大事に育てていきましょう!」
……どうやら、獣人以外の生き物には愛情はあるらしい。だが、その後に放たれた言葉に、俺は腰を抜かと思うほどの衝撃を受けた。
「そして、子供が生まれたら、男の子が生まれたら、この仔竜の生き血を飲ませましょう」
「は?」
「竜の生き血は体が丈夫になると言います。男の子が生まれるまで大切に育て……いえ、生まれてからも生き血を与え続けなければなりませんから、大事に、大事に育てていきましょう」
俺は思わずワオンを抱いている手を緩めた。彼女も異様な雰囲気を察したのか、すぐに俺の腕からすり抜けて、キッチンへと走っていってしまった。
「ノスヤ様、あの仔竜が逃げぬように、丈夫な檻を作りませんと……。腕の良い鍛冶屋が領内におりますわ。その者に命じて作らせることといたしたく思います。……いかがなさいました?」
俺は両手でこめかみをグリグリと押さえていた。一体何なのだ、この女性は……。
「……頭が痛い」
「まあ」
「胸も痛い、それに、お腹も痛い、顔も痛い……腰も痛くなってきた。首も痛い、肩も痛い……」
もう体中から痛みを訴えている俺を見たレーヴ嬢は、半ば呆れたような様子で俺を眺めている。
「ずいぶんあちらこちらと痛みがおありなのですね? 痛くないところはないのですか?」
その言葉に、俺は彼女に視線を向けて、毅然として言い切った。
「あなたと居たくない」




