第十四話 村人
先程まで騒がしかった店内が一気にシーンとなってしまっていた。俺はどうしていいのかが分からずに、ただオロオロとするしかなかった。そんなとき、背後からクレイリーファラーズの声が聞こえてきた。
「ここはダメですよ。帰りましょう、さあ」
俺は彼女に促される形で、その店をトボトボと後にしたのだった。
「何であんなに敵意をむき出しにするかな? 貴族ってそんなに嫌われているのか?」
いきなり緊迫した場面を迎え、そこから解放されたとはいえ、未だに俺の心臓はバクバクと音を立てている。ただ店に入っただけであんな怒鳴り方をしなくてもいいじゃないか。貴族が嫌なら、「貴族はお断り」って書いた紙でも貼っておけってんだ。
そんな俺に振り返ることもなくクレファラーズは、淡々とした口調で口を開く。
「あの店は密造酒を作っていますからね。そんなところに貴族が来られたら、困るのでしょう」
「密造酒?」
「ええ、怪しげな薬を使ってお酒を造っているのです。あれ、下手をすれば寿命を縮めると思うのですけれど、飲みたい人はたくさんいるのでしょうね。お店としても、密造酒がバレて捕まってもイヤですし、お客の方も、安いお酒が手に入らないのはイヤでしょうし、互いの利害が一致していたので、あんな感じになったのです」
……なるほど、塩対応には訳があったと。聞けば、この国でのお酒というのは、王国が許可を出した店でしか製造・販売することを許されていない。そういうこともあって、お酒というのはかなりの高級品になるのだそうだ。俺は、酒は飲まない(未成年だから当然だが)ので、そこら辺のことはよくわからないが、やはり、安いお酒というのは需要があるらしい。多少の健康を損ねてでも飲みたい奴は多くいるのだそうだ。
ただ、密造酒は犯罪になるので、見つけ次第、それを止めさせるか、悪質の場合は逮捕しなければならない。それを行うのは領主である貴族や村長であり、彼らは警察の役割も担っているのだという。
「なるほど……だから、あの人たちは俺を見るとあんな感じになったのか……」
「まあ普段、密造酒は隠してありますけれどね。しかし、調べられれば、隠し切れないでしょう。そうなれば、色々と面倒くさいことになりますからね」
「はあ……でも、村長はそのことは……」
「当然知っているでしょう。ですが、敢えて取り締まろうとはしていないはずです」
「それって、もしかして……」
「ご想像の通り、酒場からそれなりの謝礼は出ているでしょうね。でも、こんなことはどこでもあることです。珍しいことじゃありません」
何だか、いけない大人の部分を垣間見てしまった。そのとき、何だかいい匂いが鼻をくすぐる。ふと見るとそこは、八百屋のような店であり、その店先で人のよさそうな顔をした、初老の男性が肉を焼いていた。
「何だか、美味しそうだな……。ちょうど腹も減ってきたし、何か買って帰るか」
そう言って俺はフラフラと店先に向かう。
「ヘイ、いらっしゃ……貴族様……」
「ああ、すみません。その肉……美味しそうですね」
「ええ……まあ……」
「よかったら、売ってもらえませんか?」
「へっ!? いや……まあ……ヘエ……」
「あの……お金はこれで……」
俺はポケットの中から金貨を一枚差し出す。すると男は飛び上がらんばかりに驚いている。
「だ……大金貨!? ちょっと、やめてください!」
「え? 足りませんか?」
「足るとか、足らないとかじゃなくて! そんな……参ったな……」
一体何をうろたえているのかが分からない。俺は金貨に何か不足でもあるのかと、不思議そうな表情を浮かべながら、それを見た。すると、背後からクレイリーファラーズの声がする。
「おつりがないので、困っているのです」
「つりぃ!?」
俺の声に男がビクっと反応する。
「ああ、ええ……アタシの店じゃ、出せません。この店の物全部をお渡ししても、釣りは……でないですね。申し訳ありませんが……」
申し訳ないと言われても、俺の口の中は肉を食べる雰囲気になっているのだ。ここでお預けを食らうのはキツイ。
「ええと……では、そのお肉と、あと、お店の品物を見させてもらって、欲しいものを持って行ってもいいですか?」
「へ? そりゃ構いませんが……。ただ、全部を持っていかれると、アタシらの商売が……」
「わかっています。そこはちゃんと気を使いますので」
そう言って俺は店の中を物色し始めた。
見てみると、この店は、食材はもとより、調味料などもかなりの種類が揃っていた。小さい店なのだが、棚はよく整理されており、男が色々と説明をしてくれたおかげで、俺は、塩、小麦粉、米、野菜、油など、生活に必要な食材と調味料を手に入れることができた。
「まずはこれだけでいいかな」
「あの……これだけでは……」
「ああ、おつりはいりません。取っておいてください」
「とんでもない! そんなことはやめてください! そんなことをされたら、この村で商売ができなくなります!」
男は額に汗を描きながら必死で俺に懇願している。何をそんなにビビる必要があるのかが分からないが、ここで押し問答をするのも気が引ける。そのとき、俺の頭に一つの案が浮かんだ。
「あの……見たところ、ここでは色んな料理が出来そうですよね?」
「え……ええ。それなりのものはできますが……」
「では、その金貨のお金の分だけ、僕たちに食事を作ってもらえませんか? あ、こちらまで取りに伺いますので、お昼と夕食をお弁当みたいにして作っていただければ嬉しいのですが……」
「へ……へえ……」
「それじゃ、ダメですかね?」
「そんなことぐらいで……よければ……」
「じゃ、お願いします」
「あの……貴族様?」
「何でしょう?」
「本当にアタシの料理でよろしいので?」
「構いません」
彼はヘエ、というと、土下座をする勢いで頭を下げ続けていた。
屋敷に帰ると俺は早速、店で買った肉を食べてみた。これが、なかなかコクがあって美味かった。そして、同じようにして買った野菜を手でちぎったり、丸かぶりをしたりしながら、腹を満たしていった。その様子を、クレイリーファラーズはじっと見つめている。
「あっ……よければお一つ、食べられますか?」
俺が差し出した肉を彼女は何のためらいもなく掴み取り、ポイと口の中に放り込んだ。そして、そのジト目で俺を見つめながら、再び肉に手を伸ばした。
「い……一緒に食べましょう」
そんなこと言っていると、瞬く間に肉は無くなってしまった。腹がある程度満たされた俺は、フウと息を一つつき、周囲を見廻しながら口を開く。
「ああ、もうずいぶんと暗くなってきましたね。明かりをつけないと。すみません、もう帰らないといけませんよね? あ、帰る前に火の点け方だけ教えていただけますか? さすがに夜真っ暗というのは辛いものがありますので……」
そこまで言うと、クレイリーファラーズの眼がカッと開かれた。
「何を言っているんですか! 私が天界に帰るのは、あなたの死を見届けてからです! それまでは、私はずっとあなたと一緒に居なければならないのです!」
……え? どういうことでしょう??




