第百四十話 掴みはよし
どうやらこのイカつい兵士とウォーリアは、仲のいいお友達だったらしい。サポスと名乗る男が王国軍に志願したために、二人の仲は離れ離れになっていたが、祈りが天に通じたのか、まさかの再会と相成ったようだ。
まさに抱き合わんばかりに喜びを分かち合う二人の姿を、クレイリーファラーズがこの世の終わりであるかのような表情で眺めていたが、それは敢えて放っておくことにする。
二人は何かコソコソと話をしていたが、やがて、サポスはウォーリアから離れ、俺に向き直った。
「では、失礼いたしますぅ。ごめん下さいませ」
内股で体をくねらせながら、おほほと右手を口に当てて彼は屋敷を出ていった。どこかで男の子モードに戻した方がいいと思うのだが、まあ、それも放っておくことにする。
その後、俺たちは明日の打ち合わせとリハーサルを行って、解散となった。
次の日、俺は朝から仕込みと衣装の着付けなどで大わらわだったが、何とかレーヴ嬢が到着するまでにすべての準備を整えることができた。一応、俺の後見人としてハウオウルに立ってもらい、家庭教師ということで、何故かクレイリーファラーズも同席することになった。彼女にはとにかく喋るなと念を押しつつ、ゲストの到着を待っていると、何と、ヴァシュロンが地味な服に身を包んで、パルテックと共に現れた。聞けば、老婆の衣装を借りたのだと言う。
「私も、食事会を見たいわ」
「あなたは招待されていないでしょう?」
クレイリーファラーズがすかさず突っ込む。今回ばかりは彼女が正しい。地味な衣装に身を包んでいるが、隠しても隠しきれぬ気品が逆に強調されてしまっていて、実に違和感を与えている。こんな怪しい少女がいては、誰だって疑いを持つ。
帰らせても帰らない彼女の性格は承知しているので、ヴァシュロンにはキッチンで待機してもらうことにして、俺達は静かにその到着を待った。
正午をちょうど過ぎた頃、馬の蹄の音が聞こえてきた。どうやら到着したようだ。
玄関で案内を乞う声が聞こえる。レークが飛び出して行こうとしたとき、彼女の肩をパルテックが優しく掴む。そして、俺たちに目配せをしたと思ったら、何と彼女が玄関に出ていった。
俺たちは顔を見合わせていたが、やがて、玄関で何やらやり取りしている声が聞こえる。しばらくして、シャンと背筋を伸ばした老婆が、ドレスアップした貴人と貴婦人、そして、レーヴ嬢と思われる女性を連れて部屋に入ってきた。
「こちらが当家の主、ノスヤ・ヒーム・ユーティンでございます」
パルテックに促される形で、俺は頭を下げ、前日に練習した通り胸に手を当てる。
『本日はお日柄もよく』
「本日はお日柄もよく……」
失敗があってはならないし、カンでもいけない。まあ、百歩譲ってそれは仕方がないとしても、頭が真っ白になって何も言えなくなることだけは避けたい。そこで俺はクレイリーファラーズの能力を生かして、俺の頭の中に、言うべきセリフを彼女に送ってもらうことにしたのだ。ヤツは俺の後ろに控えているので、手元のメモを見ながら俺に内容を伝えている。
『何よりのこととお慶び申し上げます』
「何よりのこととお慶び申し上げます」
『とうろは、るばるよくいらしてくださいました』
「とうろは、るばるよくいらしてくださいました」
『ささかやで』
「ささかやで」
『じゃないちがう』
「じゃないちがう……あれ?」
見ると目の前の三人がキョトンとした顔をしている。……ポンコツ野郎め。おめえは書いている文字すら読めねぇのか!
そのとき、パルテックの笑い声が屋敷の中に響き渡る。何事かと思って彼女に視線を向けると、老女はにこやかな笑みを浮かべながら、三人に向かって口を開いた。
「お嬢様の御美しさに、ご領主様が戸惑われておりますわ。これほどのお美しい方……この村では見ることすら叶いませんですわ」
そう言って彼女は俺に笑顔を向ける。助かった。ありがとうございます! パルテックさん!
俺は笑みを浮かべながら、三人に向き直る。
「失礼しました。どうも、美しい人は苦手でして……。今日は一人ならずも、二人までも美女を目の前にしましたので、まだ、心臓のドキドキが止まりません……」
「まあ、ノスヤ様はお上手ですこと」
貴婦人が扇子のようなもので口元を隠して、ホホホと嬉しそうに笑っている。レーヴ嬢もまんざらではなさそうだ。何とか失敗はリカバリーできたようだ。
『……自分でできるのならば、私に頼まなければよかったのですよ』
クレイリーファラーズがブッ込んでくるが、知らないふりをする。逆ギレするんじゃないよ。
挨拶もそこそこに俺たちは席に着く。そして、ハウオウルとクレイリーファラーズを紹介する。先生はどこで誂えたのか、白いローブを纏っていた。いかにも高位の魔導士らしく、なかなか見栄えがいい。一方のクレイリーファラーズも、今日はちゃんと猫を被っている。いつもこのくらい本気を出してくれるといいのだが。
互いの自己紹介が終わり、食事でもと俺が声をかけ、相手の貴人がそれを受ける。彼はレーヴ嬢の父であり、ユーティン家と同じ子爵という地位だった。
結果的に、俺が前日から仕込んだ料理は大好評だった。だが、レーヴ嬢は一切感情を表に出さずに、淡々と料理を口に運んでいた。話しかけても、はい、とか、ええ、とかと言った言葉しか返ってこない。かなり緊張しているようだ。
その代り、彼女の母親はよく喋った。やれ、俺の衣装が素敵だの、家来がよく教育されているだのと色々なところを褒めちぎった。やがて、デザートがでて、食事も終わりに近づくと、アンソレ子爵がゆっくりと口を開いた。
「せっかくここまで来たのです、差支えなければ、ご当地をご案内下さらぬか?」
……いよいよ来た。俺とレーヴ嬢が二人っきりになるときが。俺はゆっくりと深呼吸をして、次の展開に備えた。




