表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/396

第百四十話  掴みはよし

どうやらこのイカつい兵士とウォーリアは、仲のいいお友達だったらしい。サポスと名乗る男が王国軍に志願したために、二人の仲は離れ離れになっていたが、祈りが天に通じたのか、まさかの再会と相成ったようだ。


まさに抱き合わんばかりに喜びを分かち合う二人の姿を、クレイリーファラーズがこの世の終わりであるかのような表情で眺めていたが、それは敢えて放っておくことにする。


二人は何かコソコソと話をしていたが、やがて、サポスはウォーリアから離れ、俺に向き直った。


「では、失礼いたしますぅ。ごめん下さいませ」


内股で体をくねらせながら、おほほと右手を口に当てて彼は屋敷を出ていった。どこかで男の子モードに戻した方がいいと思うのだが、まあ、それも放っておくことにする。


その後、俺たちは明日の打ち合わせとリハーサルを行って、解散となった。



次の日、俺は朝から仕込みと衣装の着付けなどで大わらわだったが、何とかレーヴ嬢が到着するまでにすべての準備を整えることができた。一応、俺の後見人としてハウオウルに立ってもらい、家庭教師ということで、何故かクレイリーファラーズも同席することになった。彼女にはとにかく喋るなと念を押しつつ、ゲストの到着を待っていると、何と、ヴァシュロンが地味な服に身を包んで、パルテックと共に現れた。聞けば、老婆の衣装を借りたのだと言う。


「私も、食事会を見たいわ」


「あなたは招待されていないでしょう?」


クレイリーファラーズがすかさず突っ込む。今回ばかりは彼女が正しい。地味な衣装に身を包んでいるが、隠しても隠しきれぬ気品が逆に強調されてしまっていて、実に違和感を与えている。こんな怪しい少女がいては、誰だって疑いを持つ。


帰らせても帰らない彼女の性格は承知しているので、ヴァシュロンにはキッチンで待機してもらうことにして、俺達は静かにその到着を待った。


正午をちょうど過ぎた頃、馬の蹄の音が聞こえてきた。どうやら到着したようだ。


玄関で案内を乞う声が聞こえる。レークが飛び出して行こうとしたとき、彼女の肩をパルテックが優しく掴む。そして、俺たちに目配せをしたと思ったら、何と彼女が玄関に出ていった。


俺たちは顔を見合わせていたが、やがて、玄関で何やらやり取りしている声が聞こえる。しばらくして、シャンと背筋を伸ばした老婆が、ドレスアップした貴人と貴婦人、そして、レーヴ嬢と思われる女性を連れて部屋に入ってきた。


「こちらが当家の主、ノスヤ・ヒーム・ユーティンでございます」


パルテックに促される形で、俺は頭を下げ、前日に練習した通り胸に手を当てる。


『本日はお日柄もよく』


「本日はお日柄もよく……」


失敗があってはならないし、カンでもいけない。まあ、百歩譲ってそれは仕方がないとしても、頭が真っ白になって何も言えなくなることだけは避けたい。そこで俺はクレイリーファラーズの能力を生かして、俺の頭の中に、言うべきセリフを彼女に送ってもらうことにしたのだ。ヤツは俺の後ろに控えているので、手元のメモを見ながら俺に内容を伝えている。


『何よりのこととお慶び申し上げます』


「何よりのこととお慶び申し上げます」


『とうろは、るばるよくいらしてくださいました』


「とうろは、るばるよくいらしてくださいました」


『ささかやで』


「ささかやで」


『じゃないちがう』


「じゃないちがう……あれ?」


見ると目の前の三人がキョトンとした顔をしている。……ポンコツ野郎め。おめえは書いている文字すら読めねぇのか!


そのとき、パルテックの笑い声が屋敷の中に響き渡る。何事かと思って彼女に視線を向けると、老女はにこやかな笑みを浮かべながら、三人に向かって口を開いた。


「お嬢様の御美しさに、ご領主様が戸惑われておりますわ。これほどのお美しい方……この村では見ることすら叶いませんですわ」


そう言って彼女は俺に笑顔を向ける。助かった。ありがとうございます! パルテックさん!


俺は笑みを浮かべながら、三人に向き直る。


「失礼しました。どうも、美しい人は苦手でして……。今日は一人ならずも、二人までも美女を目の前にしましたので、まだ、心臓のドキドキが止まりません……」


「まあ、ノスヤ様はお上手ですこと」


貴婦人が扇子のようなもので口元を隠して、ホホホと嬉しそうに笑っている。レーヴ嬢もまんざらではなさそうだ。何とか失敗はリカバリーできたようだ。


『……自分でできるのならば、私に頼まなければよかったのですよ』


クレイリーファラーズがブッ込んでくるが、知らないふりをする。逆ギレするんじゃないよ。


挨拶もそこそこに俺たちは席に着く。そして、ハウオウルとクレイリーファラーズを紹介する。先生はどこで誂えたのか、白いローブを纏っていた。いかにも高位の魔導士らしく、なかなか見栄えがいい。一方のクレイリーファラーズも、今日はちゃんと猫を被っている。いつもこのくらい本気を出してくれるといいのだが。


互いの自己紹介が終わり、食事でもと俺が声をかけ、相手の貴人がそれを受ける。彼はレーヴ嬢の父であり、ユーティン家と同じ子爵という地位だった。


結果的に、俺が前日から仕込んだ料理は大好評だった。だが、レーヴ嬢は一切感情を表に出さずに、淡々と料理を口に運んでいた。話しかけても、はい、とか、ええ、とかと言った言葉しか返ってこない。かなり緊張しているようだ。


その代り、彼女の母親はよく喋った。やれ、俺の衣装が素敵だの、家来がよく教育されているだのと色々なところを褒めちぎった。やがて、デザートがでて、食事も終わりに近づくと、アンソレ子爵がゆっくりと口を開いた。


「せっかくここまで来たのです、差支えなければ、ご当地をご案内下さらぬか?」


……いよいよ来た。俺とレーヴ嬢が二人っきりになるときが。俺はゆっくりと深呼吸をして、次の展開に備えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ