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第百三十九話 準備

本当にその日まで、屋敷中が大騒ぎだった。兄のシーズが寄こしてきたお見合いの準備に忙殺されたのだ。


まさか、こんなに早く手を打ってくるとは思わなかった。仕事ができる男は違うってか? いや、そんなレベルではないのだ。二日。いや、実質の時間で言うと、一日しか時間がなかったのだ。


シーズが屋敷を出た次の日の夕刻に、使者から明後日の昼に、俺の婚約相手とされるレーヴ嬢が来るとの連絡を受けた。どうやら彼女の実家が治める領地は、ラッツ村の隣であるらしい。シーズが王都への帰り道にアンソレ家に寄り、レーヴ嬢と俺との食事会をセッティングしてきていた。いくら隣だからと言って、今日の明後日などという時間で設定するか? 一体何を考えているのだろうか。


しかも、シーズの命令が振るっている。できるだけこの村の力を見せつけろと言ってきたのだ。お前ならそれができるという、甚だしい無茶ぶりまでも付けられていた。聞けば、貴族は外見で全てを判断するところがあるそうで、逆にもてなしが悪かったり、粗末な食事を出したりすると、その段階でナメられるのだと言う。そうなれば、シーズはもとより、本家にもその被害が及ぶ。その辺を考慮に入れなければならないのだそうだ。……正直、面倒くさい。


それが他国の……というのであれば話は分かるが、言ってみれば自国のことなのだ。そこら辺は兄さんの威光で何とかしてくださいよと言いたいが、そんな優しい兄ではないらしい。俺はただ、この村の作物が実るのを楽しみにしながら、和気あいあいとした暮らしをしたいのだが、どうもそうはさせてもらえないようだ。何だかここ最近は、面倒くさいことばかりに巻き込まれている気がしてならない。


そんなことをチクチクと使者の兵士に愚痴ってみたが、そうは言っても仕方がない。彼とても命じられたままに俺のところに来ているだけにすぎないのだから。仕方がなく俺は、彼にねぎらいの言葉をかけて、シーズの許に帰らせた。


そして次の日、ヴィヴィトさん夫婦とパルテックらで屋敷を隅々まできれいにしてもらい、俺は当日の昼食会のメニューを決め、その食材集めに奔走した。その途中、ハウオウルの宿に行って、これまでのことを報告し、明日、お見合いを兼ねた食事会が行われると告げた。あまりのコトの速さにさすがの彼も驚きを隠せず、しばらくは口をポカンと開けて固まっていた。


「まさしくここは、予想外のことばかりが起こるのう」


そう言って彼は力なく笑った。とはいえ、食事会は待ってはくれない。俺は明日に迫った食事会をハウオウルに相談し、当日は彼も同席してもらう約束を取り付けた。そして、食材を持って屋敷に帰り、明日の仕込みに入った。


「ところで、あなた、衣装は何を着るの?」


俺が肉をルーワンという醤油に似たタレに付け込んでいるときに、ヴァシュロンが声をかけてきた。そう言えば、衣装のことなどは全く考えていなかった。どうしようかと手を止めていると、確か、ウォーリアが作ってくれた衣装があることを、ふと思い出した。


「それ、一度、着てみてくれる? パルテック、あなたも一緒に見ましょう」


このクソ忙しいときに何を言っているのじゃと思ったが、レークとヴィヴィトさんが、こちらはやっておきますからと言って、俺に衣装を合わせに行くことを勧める。確かに、公爵令嬢の彼女とその家庭教師であるパルテックに見てもらえば、貴族として作法に則っているのかがわかる。仕方なくキッチンを離れ、以前作ってもらった衣装を着て、再びヴァシュロンの前に出る。


「へえ、田舎の村のご領主にしては、かなりまともな衣装じゃない」


「ええ、大変によろしいようで」


「でも、何か足りないわね……。そうだ、勲章がないのね。胸に勲章がいくつかあればもっといい感じになるわ」


「ですが姫様、今からそれを用意するというのも……」


戸惑うパルテックを尻目に、ヴァシュロンは何かを考えていたが、やがてキッチンに向かってスタスタと歩き出し、レークたちに何かを命じている。その後すぐに、レークが何やら白い布のようなものを持ってきた。それを彼女は器用な手つきで俺の肩から胸にかけてそれを巻いていく。


「ほら、これでいいわ。マントみたいな感じで、胸のあたりを隠してしまえばいいのよ」


そんなことを言いながら、ヴァシュロンは皆とキャアキャアと盛り上がっている。


「……あの、君は大丈夫なのかな?」


「何がよ」


あまりに不思議な光景なために、俺は思わず彼女に尋ねる。何だか自分で言うのも恥ずかしいが、それでも、どうしても確認しておきたかったのだ。


「もしかすると、明日のお見合いで俺が相手を気に入れば、俺は結婚することになるかもしれないんだぞ? そうなれば、君は……」


「問題ないわ」


「え?」


「第二夫人になればいいのよ。まあ、どちらがあなたの第一夫人になるのかは、話し合いになるけれどね。それに、あなたがどうしても私との結婚を望まないというのなら、それも仕方がないわね。私を手籠めにした責任は取ってもらわないといけないけれど」


あまりにも捌けた考え方に、俺は絶句してしまう。そのとき、勝手口の扉が開き、クレイリーファラーズとウォーリアが連れ立って入ってきた。二人で大きな何かを抱えるようにして持っている。


「すみません、重たいものを持たせてしまって……」


「いいのです。そのくらいのお手伝い、何でもありませんよ」


メチャメチャ笑顔で、思いっきり媚を売っている。女子から一番嫌われる行為だが、それを堂々とやってのけるこの天巫女のズ太さに、俺はちょっとした尊敬のまなざしを向ける。


だがウォーリアはそんなクレイリーファラーズに、にこやかな笑みを返してお礼を言っている。そして俺に視線を移し、隣にいるヴァシュロンにも視線を向けた。


「先日、お約束しましたお嬢様とパルテックさまのお衣装が出来上がりましたので、お届けに上がりました」


……チッ


クレイリーファラーズが舌打ちをしている。だからやめなさいって。


そんな彼女に全く構うことなく、ヴァシュロンは紙包みを開けていく。


「なにこれ! とってもいいじゃない! どうかすると、晩餐会にも出られそうな衣装だわ!」


「気に入っていただけて幸いです」


ヴァシュロンはウォーリアの衣装を胸の前で合わせながら、あんなこともできる、こんなことをしてもかわいいなどと言って盛り上がっている。そんな中、玄関がドンドンとノックされ、野太い男の声が響き渡った。


「シーズ様からの使者でございます! ノスヤ様にお取次ぎを!」


レークがパタパタと慌てて玄関に向かう。俺たちは何事かと顔を見合わせていると、レークに案内されて使者の兵士がダイニングに入ってきた。この男は確か、ヴァシュロンの警護を命じられていた男だ。髭面でガタイがよく、見るからに強そうだ。


彼は厳めしい顔つきのまま、姿勢を正して俺に使者の口上を述べる。


「シーズ様におかれては、明日の食事会に、ノスヤ様にこちらの勲章を付けるようにとのご命令です!」


そう言って彼は機敏な動きで、懐から大切そうに布に包まれたものを取り出し、俺に差し出した。


「そちらは、返却いただきたいとのことで、近日中に取りに伺います。その際に、食事会の状況をお聞かせください!」


俺はわかりましたと返答して、彼から布包みを受け取る。そのとき、彼がウォーリアに視線を向け、そのまま固まってしまった。


「あの……何か?」


「コーちゃん? コーちゃんじゃない? あらぁ、こんなところに居たの? 久しぶりねぇ」


髭面の厳めしい顔つきをした男が、シナを作ってクネクネとした動きでウォーリアの許にすり寄っていった。そのあまりの光景に、そこに居た全員がポカンと口を開けて事の成り行きを見守った。

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