第百三十七話 シーズ、敗北する
「話がコロコロと変わるのだね」
シーズが呆れたような口調で俺を見つめている。確かに、話がかなり飛んでいる。俺はコホンと咳払いをして、そこに居る全員に視線を向けながら口を開く。
「話を整理するとですね、まず、俺がヴァシュロン嬢を手籠めにはしていません。解釈の違いです。単に、悪いことをしたから、その罰として、お尻ペンペンを執行しました。そして、ここに居るクレイリーファラーズ……さん。この方は、奴隷ではありません。俺がこの村で来て雇った家庭教師です。ええ、家庭教師には見えないかもしれませんが、かたっ苦しいことはキライなので、フランクに接してもらうように俺からお願いしているのです。あと、先程、霞のように消えた老人、確か、クレイドル家の執事と名乗っていましたが、何者です?」
シーズはじっと俺の目を見つめ続けていたが、やがて大きなため息をつきながら、ゆっくりと首を振った。
「クレストフォード・ダリスは殺し屋だ。しかも、その腕は超一流だ」
「……」
まさかと思っていたが、やはりその筋の人だったようだ。そうでなければ、少ないとはいえ、シーズの警護兵たちの目を掻い潜って、この屋敷の中に入り込むことは難しい。それに、屋敷にはワオンも居たのだ。彼女は、この屋敷の周囲に誰がいるのかをきちんと把握している。特に殺気や邪な考えを持った人間を確実に見抜く。そのワオンの目も掻い潜っているのだから、相当の腕前と言えるだろう。
「でも、あのお爺さん、帰っちゃいましたね」
「……」
「絶叫していましたね」
「それはそうだろう。クレイドル公爵は生娘にこだわりのあるお方だ。目を付けた女性が生娘ではないとわかると、最早その結婚は破談になる他ない」
「……いろいろと突っ込みどころはあるにせよ、よかったんじゃないですか?」
「お前は何を言っているのだ」
シーズが天を仰ぐ。その様子をクレイリーファラーズが憎しみを込めた目で睨んでいる。てゆうか、貧乏ゆすり止めなさいよ。
「互いに国を代表する公爵家なのだ。その両家の婚儀が破談になると言うことは、国同士の……」
そこまで言うと、シーズの目が見開かれる。
「そうか……その手があったか。フフフ、この僕としたことが、こんな大事なことを忘れるとは」
シーズは一人で頷いて納得している。そして、俺に視線を向ける。
「ノスヤ、今回もお前に助けられたね。感謝するよ」
俺は話の流れが読めずに、思わずポカンと口を開ける。シーズはそんな俺に構わずに、さらに言葉を続ける。
「それに、あの殺し屋・クレストフォードを空手で返したのだ。その効果は……絶大だ。……これで我が国は、しばらくは安泰になるだろう! ノスヤ、よくやってくれた! レーヴ殿との婚儀は、そのまま進めることにする。いや、悪かったね」
ニコニコと笑みを見せるシーズ。俺の頭は完全にフリーズしていたが、どうやら結婚は破談になっていないらしい。さて、どうするかな……。
「ちょっと待って!」
突然ヴァシュロンの声がする。彼女はスッと立ち上がって、俺に視線を向ける。
「あなたは、その結婚を望んでいるの?」
「え?」
「望んでいるの、って聞いているの」
「いや、まあ、それは……結婚はしたいと思いますけど……」
「けど、何よ?」
「まあ、会ったこともない人ですので……」
俺の話を聞くと、彼女は両手を腰に当てながら、顔をシーズのいる方向に突き出す。
「一度、その何とかというお相手を会わせることはできないの?」
「何を言っておいでですか?」
「だから、その、結婚の話を進めると言っている人と、ご領主様と会わせることはできないのって聞いているの」
「あなたも貴族の一員であれば、ご存じでしょう? 我々の結婚は基本的に親、もしくは兄弟が決めるもの。庶民のように……」
「貴族ならばなおさら、舞踏会などで相手を見てから決めるものじゃないのかしら?」
痛い所を突かれたのだろう。あの能弁なシーズが黙ってしまった。彼は涼し気な目でヴァシュロンを眺めていたが、やがてあきらめたように、口を開いた。
「わかりました。では、ノスヤとレーヴ殿が会う機会を設けましょう」
「是非、そうしていただきたいわ。それにもう一つ」
「まだ、何か?」
「あなた、クレイリーファラーズさんにお詫びをしなきゃいけないわ」
「何ですって?」
「あなた、奴隷でもない、しかも女性の下着を奪ったのよ? 紳士の嗜みとして、これほど下劣なことはないわ。リリレイス王国の貴族の男性はみな、野獣なの? あなたは、ご両親からそんな躾をされて育ったのかしら?」
全く歯に衣着せぬヴァシュロンの発言に、俺は隣でヒヤヒヤしてしまう。だが、彼女は一歩も譲る気はないようだ。そんな様子にシーズは一切表情を変えず、小さく頷いていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、クレイリーファラーズの前で膝をついた。
「これまでのご無礼の段、平にご容赦ください。シーズ・ヒーム・ユーティン。心から謝罪いたします」
「……テメぇ、眠たいこと言っているんじゃねぇぞ?」
「あなたも、そこまでよ!」
クレイリーファラーズが悪態をつこうとしたその瞬間、ヴァシュロンが止めに入った。クレイリーファラーズは驚いたような、怒っているような表情を浮かべている。
「貴族の男が、こうして膝をついているのよ。それ以上責めると、あなたの女性としての価値が下がるわ」
クレイリーファラーズは顔を歪ませていたが、やがて、シーズに向かって吐き捨てるように口を開いた。
「……男なんて、野獣ばかりだわ。私の下着を思い出して、これからずっとスケベな妄想をし続けるのでしょ? ああ、イヤだわ。だから男は嫌いだわ」
その話を聞いたヴァシュロンが俺に視線を向ける。
「男の人って、女性の下着に、そんなに興味があるのかしら? あなたも、このクレイリーファラーズさんの下着に興味があるわけ?」
その話を聞いて俺は、思わず目を閉じた。
「そんな、ウ〇コの付いたパンツなんか、いりませんよ……」




