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第百三十一話 味見

その日、クレイリーファラーズは、ドニスとクーペが営む店のカウンターに座っていた。彼女はここ毎日、この店に入り浸っているのだ。


二人の店――「ランナウエイ」――では、このところ客足が増えて売り上げが好調で、彼らの妻であるラブラとリリスの助言もあって、店で出すメニューを増やそうということになっていた。


その上で、彼らはさらに次の手を考えていた。お昼にも店を開けて、いわゆるランチも出そうと考えていたのだ。


メニューを増やすと必然的に仕入れる食材は増える。それらが全てなくなれば越したことはないのだが、なかなかそれは難しい。その余った食材を利用して、次の日の昼に売ってしまおう……そうしたことを考えていたのだ。


今、クレイリーファラーズの目の前には、4種類の料理が並べられている。彼女はそれに次から次へと手を伸ばし、片っ端から口の中に放り込んでいる。一見すると、四人前の食事を一人で平らげる横綱級の大食いっぷりを発揮しているように見えるが、当然そこは、ある程度量を押さえてある。とはいえ、確実に二人前を超える量にはなるのだが、彼女はそれをものともせずに平らげていく。これも偏に、朝食を食べずに来ている効果が表れている。


「ふぅ……」


胃袋にはまだ若干の余裕があるが、それは言わないでおく。満腹になるまで食べてしまうと、確実に太ってしまう。それでなくとも、ウォーリアのために励んだダイエットの効果が薄れてきて、体重がリバウンド気味なのだ。ここで一気に土俵を割るわけにはいかない。


「あの……いかがでしょうか?」


不安そうな面持ちをした、ドニスとクーペが話しかけてくる。彼女は二人にチラリを視線を向け、そして、ゆっくりと料理がなくなった皿たちに視線を向ける。


「野菜料理は合格です。肉料理はやり直しです」


その血も涙もない言葉に、二人の男はガックリと項垂れる。もうこれで六度目のやり直しなのだ。


クレイリーファラーズの主張は、肉の脂身が多すぎるという点だった。こうした料理は、若い男性ならば受け入れられるが、女性やお年寄りには不向きだ。すでにこの店では焼き肉をふんだんに使った丼を提供していて、事実、冒険者や若い男たちからは好評を得ている。こうした状況の中で、また同じ料理を出すということに、クレイリーファラーズは抵抗を感じていたのだ。


現在の村の状況を見れば、避難所ができたこともあって、女性や子供の数が激増している。これらの人々をこの店で取り込むことができれば、売り上げはさらに上がる。そうなれば、クレイリーファラーズが愛してやまない酒造りに投入できる資金が増えるのだ。


彼女には目標があった。昼は女性を対象としたオシャレなランチバイキングを行い、夜は野郎どもと酒を楽しむ店にしたいと考えていたのだ。この、真逆の方向性を持つ店のプランは、どこかで無理が出て破綻する危険性を孕んでいたが、彼女はその点については敢えて目を背けることにして、その夢の実現に向けて邁進することにしていたのだ。


その夢の第一段階としてのランチメニューだが、それはなかなかの苦難の道のりだった。まずもって、ドニスとクーペにクレイリーファラーズの持つ料理のイメージを理解させるのに数週間を要した。作ってはダメ出しをすることを繰り返し、ようやく四つの試作品ができるまでにこぎつけたのだ。二人の名誉のために言っておくが、決してこの男たちの理解力が乏しいからではなく、自称、優秀な天巫女の気まぐれで次々と味が変わってしまうことが、ここまでの時間を要する最大の原因であった。


とはいえ、その気まぐれは、最終的に女性をターゲットにするという正解にたどり着いていた。クレイリーファラーズは皿を睨みながら考える。どうやって肉の脂分をカットして、ヘルシーに仕上げるかということを……。


そのとき、彼女の頭の中に、一つのアイデアがひらめいた。


「このお肉って、油で焼いていますよね? だから脂っこいんですよ。そうではなくて、脂身の少ない部位を蒸してみる、というのはどうです?」


「え? 蒸す、のですか? それだと美味しくない気が……」


「いいえ。肉の塊を蒸して、それを薄く切って出すのです。肉自体の旨味だけではなく、そこに、塩やソースなどをかけて味付けをするのです。……味をごまかすわけじゃありませんよ? あくまで、肉の旨味を引き出すソースをかけるのです」


「はっ……はあ……」


二人は顔を見合わせながら、ため息をついている。また試作品を作らねばならない……。その手間暇を考えると、どうしても二人の心は萎えるのだ。そんな彼らに、クレイリーファラーズからさらに言葉が飛ぶ。


「で、シェラントはできたのですか?」


「ええ……一応……」


「出してください?」


「あの……まだお昼ですけれども……」


「それが何か?」


「……」


二人は顔を見合わせながら、ゆっくりと店の奥に消えていった。そこには、つい先日、避難所の大工に頼んで作ってもらった、酒造用の樽が置いてあるのだ。


しばらくすると、二人は強張った表情を浮かべながら、グラスに注いだ透明な液体を彼女の前に置いた。それを、何の躊躇もなく飲み干したクレイリーファラーズは、しばらく固まる。


「あの……」


「いい」


「へ?」


「美味しいシェラントじゃないですか~。うん、美味しかったです。よくできましたっ!」


満足そうな表情を浮かべるクレイリーファラーズに、ドニスとクーペは顔を見合わせながら安堵の表情を浮かべる。


「いや、でも、ちょっと待って? あれは本当に美味しかったのでしょうか? いや、もしかしたら、香りがよかったので、それに騙されたのかもしれないですね。もう一度確認しないと。もう一杯持って来てください?」


その後、彼女は数時間にわたって講釈を垂れながら、シェラントを飲み続けた。

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