第百二十四話 イヤなイケメン
「あの……お客様がお見えになりました」
レークが玄関から戻って来て、俺に来客を告げる。その様子は明らかに戸惑っていた。俺は無言で立ち上がり、玄関へと向かう。ヴァシュロンが俺の後に続こうとしたが、それを差し止めて座らせる。そしてレークもワオンの面倒を見ていてくれと頼む。彼女は畏まりましたと言って、ワオンを抱っこする。クレイリーファラーズは、退屈そうな表情を浮かべていたので無視することにする。全員の様子を確認した俺は、足早に玄関に向かった。
「私、コンスタン・リヤン・インダーク家に仕えます、デオルドと申します」
扉を開けて玄関に出るなり、そいつは俺に挨拶をしてきた。見れば、いわゆるイケメンというやつで、金髪を真ん中で分け、仕立ての良さそうな軍服を身に付けている。さらには、足が長くスタイルがいい。さぞや女性にモテるだろうなと思っていると、その若者の後ろには、先日ヴァシュロンを連れ戻しに来た老婆が控えていた。
「ああ、あなたは」
思わず声をかけた俺に、老婆は丁寧にお辞儀をする。
「ご無沙汰を致しております。その節は、ご迷惑をおかけいたしました」
「いえ、迷惑だなんてそんな……」
「当家は貴家に迷惑をかけております」
俺と老婆の話を遮って、イケメン野郎が話しかけてきた。俺は仕方なく彼に視線を向ける。男はニヤリと笑みを浮かべながら、さらに言葉を続けた。
「ヴァシュロン様がおいでになっているかと存じます。この度も、ご迷惑をおかけしました」
「……」
俺は敢えて何も言わずに、男の顔を眺める。玄関に何とも言えぬ沈黙が流れた。
「あの……ヴァシュロン様は……」
沈黙に耐えきれなかったのか、男が喋り出した。ここにウチのお嬢がいることはわかっているんだ。早く出せよと言いたげな雰囲気だ。
「ヴァシュロン? 知らないな」
俺の言葉に、男はハッハッハと豪快な笑い声をあげた。
「ご冗談を。すでにヴァシュロン様がこちらのお屋敷に参られていることは、私たちは存じております」
そう言って俺を見る男の目は、一切笑っていない。
「ヴァシュロン……という名前に、俺は覚えがない」
そう言って俺は、男の後ろに控えている老婆に視線を向ける。
「それは、先日あなたと共に戻られた女性のことですかね? そのときは、私の耳が遠くてお名前を聞くことができませんでした。その方が……ええと、何ですって? すみません、あまり記憶力もよくないもので、お名前を忘れてしまいました。その……お方のことですか?」
老婆は俺に向かってゆっくりと頭を下げ、目の前の男は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。
「あなた様が申される通り、そのお方がヴァシュロン様です」
「デオルド殿」
「よいではありませんか。どうせ、遅かれ早かれ明るみになることです。いや、すでにこちらのご領主は知っておいででしょう。で、あれば、そのような茶番劇は無駄というものです」
彼は窘めて来た老婆を、黙っていろと言わんばかりに一瞥をくれただけで、再び俺に視線を向けた。
「ヴァシュロン様をお返し願います」
今度は、腹の底から声を出しているような、迫力のある低音が利いた声だった。おそらくこれは、ダイニングにいるヴァシュロンへも迎えが来たと伝えようとしているのだろう。
「帰らないわ」
突然、ダイニングに通じる扉が開き、ヴァシュロンが現れた。その表情は少し青ざめているが、その目は意志の固さがありありと現れていた。だが男はフンと鼻で笑い、彼女に対してまるで赤子に話しかけるように、優しい声を出した。
「我が儘を言うものではありません、姫様。お父上様も心配されております。さらには、婚約者であられますクレイドル公爵閣下も、姫様のことをとても気にかけておられます。このままでは、リヤン・インダーク公爵家の御名に傷がつきます。聡明な姫様がそれをお分かりにならないことはありますまい。さ、我々と共に帰りましょう」
「結婚をしないと約束してくれれば、戻るわ」
「姫様……」
男は再びフフンと鼻を鳴らして笑う。そんな彼に対して、ヴァシュロンがさらに言葉を続ける。
「私は、自分の幸せは自分で掴み取るわ。お母様のように」
その言葉に彼は明らかに、何言ってんだ、コイツ? という表情を浮かべ、ヤレヤレと言わんばかりに両手を広げた。
「姫様、あなた様はリヤン・インダーク公爵家の姫なのです。ご自分のお立場はお分かりかと存じます。まずは、お屋敷にお戻りください」
「イヤよ! どうして好きでもない人と結婚をしなければならないの? お相手は、妻が6人もおいでになるって言うじゃない? そんなお方が私を妻として扱ってくれるのか、甚だ疑問だわ!」
男が小さな音ではあったが、舌打ちをしている。コイツ、何だか態度が悪いな……。
「それよりも私は、もっと世の中のことを知りたいのよ。ここに来て、私は自分が何も知らないことを痛感させられたわ。そのせいで笑われもしたわ。このまま結婚したとしても、私は笑い者になるかもしれないわ。だから、結婚は、もっと色々なことを知ってからするべきだと思うの。そう思わない、デオルド?」
彼女のその声に、男はニヤニヤと笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を振った……。




