第百二十三話 貴族というもの
一体この少女は何を聞こうとしているのだろうか……。俺は身構えながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「どうして料理なんかできるの?」
「え?」
「あなたはこの村の領主なのでしょ? それに、ユーティンって言っていたから、あの『宰相の頭脳』と呼ばれている、シーズ・ヒーム・ユーティンの一族よね? そんな貴族の人間がどうしてそんな、召使いのようなことをするのよ?」
真っすぐな瞳を俺に向けている。どうやら、俺の振る舞いが、彼女の常識の範囲を超えているらしい。俺の場合は一人だったし、前世の頃からひきこもっていたとはいえ、料理は嫌いではなかったから、それなりのものを作ることはできた。そのために、この世界に放り込まれても、何とかここまで生きることができたのだ。ただ、そのことをどこまでこの少女に話をしてよいものやら……俺はちょっと言葉に詰まってしまう。
「どうなのよ?」
ずいっと顔を俺に近づけてくる。だからやめなさいよ、こっちが恥ずかしくなるじゃないか。
俺は少女と適度に距離を取りながら、ため息をつく。
「元々この屋敷に来たときには、俺は一人だった。だから自分でやったんだよ」
俺はこの屋敷に来たときの顛末を話す。村はずれで倒れていたこと。連れていたであろう従者がいなくなってしまったこと。ティーエン夫婦に助けてもらったこと……そんなことをかみ砕いて説明をする。
「それは災難だったわね。でも、だからと言ってあなたが自分で食事を作る必要はないわ。実家から人を呼ぶなり、この村の人間に世話を命じればいいだけなのに、それもせずに自分でやろうとするなんて……。そもそも、どうして料理ができるのよ?」
「そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
「正直に言うとね、あなたを疑っているのよ。あなた本当に貴族なの? 本物のノスヤ・ヒーム・ユーティンなの?」
あまりにも的を射た話をされてしまったので、俺は唸る他なかった。自分でもわかるくらいに動揺してしまった。
「あなたは実は影武者で、本物のノスヤ・ヒーム・ユーティンは別の場所にいるんじゃないの?」
「な……なにを、いきなり……」
「だっておかしいじゃない。貴族たる者は、王に忠誠を誓い、お仕えすることが第一の勤めじゃない? この村の領主を命じられたのなら、隣国からの侵攻を守るために警備を強化したり、少しでも多くの収穫を上げたりすることに全力を注ぐべきだわ。それなのにこの村は何? インダークからやってきた私を、ロクに調べもしないで村に入れてしまっているわ。本当にこの村を守る気があるのかしら?」
国境の守りを固くしないのは、敢えてのことだ。国境に兵士を駐屯させて、さも、国を守りまっせ~というパフォーマンスをしてもいいのだろうが、それだと避難所の人々にいらぬストレスを与える。そうなると、インダークへ流出する者が続出すると思ったからだ。一番恐れるのはテロの類だが、そんなものはいくら守りを固めてもやられるときはやられる。俺はそう考えて、今の状況があるのだ。だが、さすがにそんなことまでは、この少女にはわからないだろう。さて、どうするかと考えていると、じれた少女がさらに口を開く。
「それとも何? 私が思いもつかないことを考えていて、実は高度な防御手段をとっているとでも言うのかしら?」
そのとき、俺の口から無意識に、前世の頃、ネットで学んだ言葉が口をついた。
「人は城、人は石垣、人は掘……」
「何を言っているの? あなた、ときどき意味の分からないことを言うわね? ……もしかしてまた、それにも意味があるわけ?」
何だか、俺をなぞかけの上手いヤツだと思っている節があるが、全くそんなことはない。そんなことを思いながらも俺は彼女に、丁寧に言葉の意味を説明する。
「村人の間で信頼関係があれば、別に大きな城も、広い堀もいらないという意味だよ」
「は? 意味がわからないわ?」
「だろうね。でも、考えてみて欲しいんだ。どんなに強固な城を築き、どんなに高い石垣を築き、どんなに広い堀を作ったとしても、内部の人間に裏切られてしまったら、その王様は死んでしまう。でも逆に、人々……ここで言えば村人かな。俺を含めた村人たちみんなと信頼関係が築けていたら、裏切りにあう可能性は低くなる。それどころか、俺のためにみんな助けてくれるだろう。強い信頼関係で結ばれていた方が、寄せ集めの軍勢より強い……そんな話を聞いたことはないかな?」
少女はしばらく考える素振りをしていたが、やがて、小さな声で呟いた。
「聞いたこと……あるわ。その昔、フランケ将軍が、わずか数百の軍勢で、1万人の軍勢を撃退したルイスワールドの戦いが、それね。……なるほど、あなたの考えはよくわかったわ。あなたは、私が考える以上のことを考えているのね? と、いうことは、料理もその信頼関係? というもののために身に付けたのかしら?」
さすがに料理は違うと言いたかったが、敢えてそれは言わないことにした。この少女は、かなり頭のいい女性のようだ。それに、きちんと納得すれば、他人の意見を聞き入れる素直さも持っている。俺はそう感じていた。
少女は両手を腰に当てたまま、何かを考える素振りを見せる。そのとき、外から馬の蹄の音が聞こえてきた。どうやらそれは、単騎ではなく複数いるようだった。
その音は、屋敷の玄関の前で止まった。レークは俺に視線を向けたが、すぐに踵を返して、パタパタと玄関に向かって行った……。




