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第百二十一話 この後どうする?

結局、クレイリーファラーズと意見を出し合ってはみたが、効果的と思われる案は出てこなかった。と、いうより、彼女の意見はつまるところ、人質に取るか手籠めにするかのどちらかで、そんな過激な案は、到底俺に受け入れられるはずはなかったのだ。


結局、困ったときのハウオウルということで、俺は宿屋の彼の部屋を訪ねていた。彼は両腕を組みながら、うむむと唸っている。


「前代未聞の話じゃな。儂も長く生きておるから、色々なことを見てきたが、いやはや、公爵令嬢が家を飛び出して敵国の一領主の許に身を寄せるなど……。こりゃ、お芝居ならばよい作品に仕上がりますぞい」


そう言って彼はカッカッカと大笑いした。だが、すぐに彼はまじめな表情に戻り、俺の目をじっと見つめる。


「ただ、心配なのは、インダーク帝国に戦争の口実を与えてしまわぬか、という点じゃな」


俺はその言葉に大きく頷く。


「ご領主が令嬢を連れ去った……などと言いがかりをつけられて、その令嬢を取り戻すために兵を向ける……そんなことも十分に言えてしまうからの。たとえご領主や令嬢が違うと言ったところで、戦争の引き金には十分なってしまう理由じゃからな」


「もし、戦争になってしまったら……」


「いや、表向きに大軍を派遣することはないじゃろう。じゃが、令嬢を取り戻すために、小規模の……そうさな、数名から多くとも十数名程度の兵は派遣されるかもしれぬな。そやつらが、村の人々に乱暴狼藉を働かぬという保証はどこにもないからの。さすがに、神の祝福を受けておると言われるこの地で、人を殺すようなことはせぬとは思うが、それでも、多少の小競り合いは覚悟しておいた方がええのう」


「……」


「まあ、そうなった場合は、儂も拙い魔法じゃが、できるだけのことはしたいと思いますぞい。ご領主はギルドに頼んで、一時期でよいから傭兵を雇いなさるとええ。何も戦闘に長けた者でなくともええ。要はそれなりの兵力があると見えれば、それでええのじゃ」


俺はなるほどと納得しながら、ハウオウルの部屋を後にした。部屋を去り際にハウオウルは、兄のシーズにも相談してもいいかもしれないと言っていた。実は俺も、それが一番いいのではないかと考えていたのだ。実際のところ、俺は政治的な駆け引きなどは全くできない。ちょっとした言葉尻を捕らえられたり、行動を深読みされたりして、コトが俺の全く予想だにしない方向に動いていって欲しくはないというのが俺の本音だ。


俺はギルドには向かわず、一旦屋敷に帰り、昼飯を食べることにした。昨日の夜から滾々と眠り続けている少女のことも気になる。俺はいつものセルフィンさんの店で昼食用のお弁当を受け取る。ここ最近は、避難所の人々も利用することが多くなって、彼の店はかなり繁盛している。レークの料理の腕もかなり上がってきたために、そろそろ俺のお弁当作りからは解放してあげてもいいかもしれない。そう思って彼に提案してみたが、意外に彼は寂しそうな表情を浮かべて、迷惑でなければ作らせて欲しいと言ってくれたのだ。俺はその厚意を大喜びで受け入れた。


今日は大もりの焼肉定食だった。これを食べてスタミナをつけて、昼からティーエンのいる避難所に顔を出そうと、屋敷の勝手口に戻ってくると、中が何やら騒がしい。何事かと思いながら扉を開けると、そこには、羽をバタバタさせながら走り回るワオンの姿があった。


「きゅーきゅーきゅー」


その後ろを、いつの間に目を覚ましたのかヴァシュロンが追いかけていた。


ワオンは俺の姿を見つけると、素早く傍に寄って来て、俺の胸にダイブした。


「きゅぅぅぅぅ……きゅぅぅぅぅぅ……」


「おおワオン、追いかけられていたな。怖かったろう……怖かったろう……」


俺はギュッと彼女を抱きしめる。ワオンも俺以上の力で抱きついてきた。その様子を見て、少女はさも不満げな様子で口を開いた。


「どうしてあなたにはそんなに懐いて、この私からは逃げ回るわけ?」


「だから言ったでしょう? その仔竜は他の人には懐かないと」


呆れ返ったような口調で、クレイリーファラーズが窘めている。両肘をついて頬杖をしながら喋っている。驚くほどにかわいらしさを感じない。


「おかしいじゃない! この猫獣人には懐いているじゃない!」


「彼女はまだ、子供ですから」


「何で子供に懐いて、私には懐かないのよ!」


「その喋り方と雰囲気じゃないですかぁ?」


……この天巫女は何で人の癪に障るようなものの言い方をするのだろうか。天巫女って、人間関係のデストロイヤーじゃないよね?


ヴァシュロンはクレイリーファラーズを睨んでいたが、やがて小走りに俺の側に近づいて来た。そして、ワオンの顔を覗こうとする。


「ねえ、せっかくなんだから、私にもその可愛い顔を見せてよ」


だが、ワオンは俺の胸に深く顔をうずめてしまう。


「ハイハイ、もうそのくらいにしようか。この仔が嫌がっている。ところで、ずいぶんと眠っていたみたいだけれど、どうやらその様子では体調には問題なさそうだな。おお、レーク来てくれたのか。今日は一人かい? 昼飯は食ったのか? まだか。ところで、俺たちは今から昼飯を食べるが、腹は減っているか? ……どうやら減っているようだな。仕方ない、君の分も作ろうか」


「え? あなた、料理をするの?」


「……昨日卵焼きを作ってやっただろうが」


「……コックがいるんじゃないの?」


「一応、俺がこの家のコック長だ。ちなみに、このレークは俺の後を継いで次期コック長になる予定だ」


レークが目を丸くして驚いている。いや、マジで俺の料理のスキルは、もうすぐ確実にレークに抜かれるのだ。


「あなたって……」


ヴァシュロンは目を丸くして驚いている。まあ、公爵家なんていう高貴な家では、男が料理をするなんて光景は、見たことがないかもしれない。そんなことを考えながら、俺は彼女の次の言葉を待った。


「ここのご領主様の、影武者さん?」


あまりのボケっぷりに、この屋敷の時間が、一瞬だけ止まった……。

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