第百十四話 何奴なるぞ?
「痛いじゃないですか! 何をするんですか!」
クレイリーファラーズが頭を押さえて怒っている。
「子供の前でゲスい表現をするんじゃないよ」
俺は申し訳なさそうな気持ちがいっぱいになりながら、チラリとレークに視線を向ける。彼女は何のことだか意味が分からないといった表情を浮かべながら、俺たちの様子を窺っている。よかった、この天巫女の言葉が理解できていないようだ。
「ひどい! 最低だわ!」
俺たちのやり取りを見ていた少女が声を上げる。彼女はツカツカと俺の側に来て、グイっと顔を寄せる。近い……マジで近いんですけれど……。
「ちょ……ちょっと離れてくれ。近すぎるよ。ええと……。そうそう、ボケたら突っ込まれるのは当たり前の話だ!」
「ボケたら……? 何を言っているの? 女性に手を挙げるなんて、最低だわ! あなた、この人にも責任を取りなさいよ!」
「責任? あのなぁ。お前の場合は、村の真ん中で魔法をブッぱなそうとしただろう? あれ、結構な威力を持っていただろう。もし、俺が止めなければ死人が出た可能性だってあるんだ。そんな物騒なものを振り回そうとしていたんだ。お尻ペンペンくらいで済んだことを喜べ!」
「私、そんな威力のある魔法を使っていないわ!」
「大馬鹿野郎! 俺の土で拵えた盾がドロドロに溶けていただろう! あの盾はかなりの硬度を持たせていたんだ。あれが溶けるくらいの威力って、相当のものだぞ!?」
「それはあなたの魔法にムラがあるから溶けたのよ! 自分の腕がないのをひとのせいにするんじゃないわよ!」
「何ィ?」
「まあまあ、あの……そのくらいで……ワオンが怯えていますから」
「きゅぅぅぅぅ」
レークが間に入って俺たちの言い争いを止めてくれる。一体何なんだこの少女は?
「えっ⁉ まさか……仔竜? この子、仔竜なの?」
突然少女が頓狂な声を上げる。彼女はワオンに近づいてしゃがみ込み、その顔をまじまじと眺める。
「きゅっ、きゅきゅっ」
いきなりなことで驚いたワオンが、大急ぎで俺の許に走ってきた。よしよし、怖かったね……と言いながら、俺は抱っこをしてやる。
「うわぁ、仔竜を見るなんて、ダイリスト公爵殿下がお持ちのフェイスト以来だわ。あのときは、あまりにも遠かったから顔までは見えなかったけれど、この仔は……体表が青いから水竜かしら? いや、毛が生えているから……この仔は……ちょっと、顔を隠さないで見せてよ~」
ワオンは彼女が近づくのを嫌がって、俺の胸に顔をうずめてしまっている。しかも、ものすごい力で俺に抱きついている。俺は少しずつ、ゆっくりと彼女から距離を取る。
「この仔竜は、フェルドラゴンだ。ワオンと言う」
「へぇ~。オスかしら?」
「残念、メスだ」
「うわぁ~メス? かわいいじゃない! ねえ、触らせてよ!」
「ダメだ。ワオンが嫌がっている」
「チエッ!」
マジで残念そうな顔をしている。その様子を見計らって、レークが俺たちに声をかけてくる。
「あの……大学芋がまだたくさんありますから、皆さんで食べませんか? お茶をお入れします」
ニコニコと笑みを浮かべるレーク。その様子に俺たちは毒気を抜かれた形で、しぶしぶながらテーブルの席に着く。そこには皿に盛られた大学芋があり、甘い良い香りが漂っていた。
「それで? 話を元に戻しますけれど、何をしに来られたのですか?」
誰にも勧められていないのに、クレイリーファラーズが当然とばかりに席に着き、大学芋を頬張りながら口を開いている。しかも、お行儀が悪い。思わず俺は苦言を呈する。
「クチャクチャ音を立てて食べなさんなよ」
クレイリーファラーズはジロリと俺を睨みつけたが、やがて、ちょっと不貞腐れた様子で、静かにモグモグとイモを食べ始めた。
「あなたは、女性に手を挙げたのよ? 特に私は体を触られたのっ! これには、断固として責任を取ってもらわなきゃいけないわ」
少女が毅然として言い放つ。俺はその眼差しを見つめながら、大きなため息をつく。
「さっきから責任を取れ取れと言っているけれど、俺に一体何をしろと言うんだい?」
「私と結婚してもらいます」
「はぁ? 何言ってんの?」
「それにあなたは私だけじゃなく、そちらの女性にも手を挙げているわよね? その責任も取らなきゃいけないわ。あなたはその方とも結婚しなければならないわ!」
「うぐっ、ゴッホゴッホゴッホ!」
突然のことで、クレイリーファラーズが咳込んでいる。
「何で俺がこの天……いや、この女性と結婚しなきゃならないんだ!」
「そうですよ! 私にはフェルディナンドというフィアンセが……」
「婚約者のある女性に手を出したの!? どこまで……ケダモノだわ!」
「ちょっと待て! 話がおかしくなっているじゃないか! 別に俺はこの女性に手をつけたわけじゃないぞ! 何でそんな話になるんだ⁉ それに、フェルディナンドは物語の主人公だ! 現実と空想をゴッチャにするんじゃない!」
俺は二人に突っ込みを入れながら口を開く。一度に二人を相手にしているので、息が切れる。俺はハアハアと言いながら、二人に交互に視線を向ける。
「あなた、どうあっても、逃げようとするのね?」
「は? 何?」
「あなたが逃げようとも、絶対に逃がさないからね! インダーク帝国の法では、『未婚の男性が故意に未婚の女性の体に触れた場合は、死罪とする。ただし、双方が婚姻の意志を持つ場合は、その罪に問わない』とあるわ! だから、あなたは死にたくなければ、私と結婚する他ないのよ、わかる?」
……今、アナタ、インダーク帝国っていいましたよね? ひょっとして……刺客さんですか?




