第百十二話 喧嘩両成敗
「え? 何? 何て言ったの?」
少女は魔力を集中させ、右手から光と放ちながら俺に話しかけている。まさか聞き返されるとは思っていなかった俺は、ちょっと戸惑いと恥ずかしさを感じながら、先程の言葉を繰り返す。
「まだ青い、素人魔術師玄人がって、赤い顔して、奇な声を出す……そう言ったんだ」
「まわりくどい……。何でそんなに回りくどく言うのよ!」
ピカピカと右手はまだ光り続けている。あれ、結構な魔力を凝縮していないか? そんな物騒なものをこの村の広場でブッ放されると、エライことになるんじゃないか……。そんなことを考えながら俺は、いつでも土魔法が発動できるように小さな声で詠唱を行う。
「ちょっと! 私の話、聞こえているの? 何でそんなに回りくどいのって聞いているの!」
何かエライところを掘り下げるなと思いつつ、俺は自分の両腕に魔力を送りながら、注意深く口を開く。
「いや、あなたの服の色とかけたのですよ」
「え? 何?」
……察しの悪い女の子だな。いや、自分でボケたのを自分で解説するのって、かなり恥ずかしいんだが。これはもしかして、俺に対する精神的な嫌がらせかと思ったが、彼女の表情を見ると、何言ってんだ、コイツ? という感情がありありと見てとれる。どうやら本当にわからないようだ。俺は、仕方がないとばかりに、小さく深呼吸をする。
「まだ青い……青という色が入っていますよね? 素人……白という色が入っています。魔術師……ここには何も入っていませんよ? 玄人がって……ここに黒という色が入っています。赤い顔して、では……赤という色が入っている。そして最後に、奇な声……というところで、黄色が入っています。あなたの身に付けているローブは、何色と何色と何色でできていますか? さあ、よーく、よーく、みってごらん~♪」
少女は怪訝そうな表情を浮かべていたが、やがて、自分の服に視線を落として、しばらくその動きを止める。いつしか、まぶしく光っていた右手には光が失われていた。
「そういうこと!?」
突然彼女が大声で叫ぶ。そして、キッと俺を睨みつけると、小走りに俺の許に走り寄ってきた。
「すごいじゃない、あなた! どうやってこれを思いついたの? もしかして、天才?」
まあ、ある意味で天災級の力は持っているけれどね、という言葉を飲みこむ。百パーセントの確率でスベるのは目に見えているからだ。そのくらいの分別は俺にもあるのだ。
「えっと……まだ青い、素人魔術師、玄人がって、赤い顔して、奇な声をだす……。水魔法の青、風魔法の白、土魔法の黒、火魔法の赤、そして、私の色である黄色……。よくこれだけのことを、こんなに短い言葉にまとめられたわね。あなた、やっぱりすごいわ!」
……かっ、体が近い。そんな至近距離で女子に見つめられると、ドキドキする。
俺の戸惑いなど全く眼中にないとばかりに彼女は、クルリと背を向けて、先程の言葉を繰り返し呟いている。ところどころで、うう~ん、とか、すごいわね……とかいった、感心するフレーズが聞こえてくる。気に入ってくれて何よりなのだが、俺の安堵は長く続かなかった。
「ちょっと待って!」
また、少女が突然叫ぶ。そして、再び踵を返して、スタスタと俺のところに近づいて来て、先程よりもさらに近い距離で彼女は大声を上げる。
「青い!? 素人!? 玄人がる!? 失礼ね! これでも魔法は十年修業しているのよ! 毎日毎日、魔法の練習は怠ったことがないの! 今では、火・水・土・風属性の魔法を操れるようになったのよ! そんな私に対して、素人って……失礼だわ!」
「オイ! さっきから何を一人でペチャクチャと喋ってんだ!」
声のする方向を見ると、この少女がぶつかった冒険者が怒りの表情を浮かべていた。痩せているが、かなり身長が高い。190㎝くらいあるだろうか。そんな彼は、少女の前に進み出ると、体を折り曲げるようにして、彼女に話しかけた。
「一言くらいあってもいいんじゃないのか?」
「うるさいわね! 私はこの人と話をしているの! 邪魔をしないで!」
「何だと、この野郎!」
激高した彼は、何と腰に差している剣に手をかけ、それを素早く抜いた。周囲の人々から悲鳴が上がる。何より驚いたのが、彼が剣を抜くと同時に、この少女も詠唱を始めていたことだ。すでに彼女の右手には、光が集まり出している。
「待てぇぇぇ!」
俺は声が裏返りながらも、両手に土魔法で固く錬成した盾を造りだし、それを両者の顔の前に向ける。男は驚いたような表情を浮かべて行動を止めたが、少女は俺の盾に構わず、魔法を放った。
グジャッ!
気味の悪い音が周囲に響き渡った。そこには、ドロドロに溶けた俺の土盾と、その様子を見て、信じられないという表情を浮かべた少女の姿があった。
「ハッ!」
俺は素早く土魔法を発動して、男の剣を土で固める。彼はその様子を呆然と眺めていたが、そんな彼に構うことなく、俺は口を開く。
「今日一日、あなたは剣を使うことを禁じます。脅しのため……であると信じますが、女性に向けて剣を抜くのは感心しない。それに、この村の人々が危険に巻き込まれる可能性もありました。その剣を見て、一日頭を冷やしてください。明日のお昼に、ギルドに来てください。そこで、あなたの剣を返してあげましょう」
俺の言葉に、少女はうんうんと頷いている。
「これに懲りたら、以後は気を付けることね! 命が助かっただけ……え? ちょっ……何をするの!」
俺は少女を左手脇に抱え上げていた。お尻が丸出しになった格好となった彼女は、戸惑いながらも大声で俺に怒鳴りつける。
「やめなさい! やめなさいよ! 放しなさいよ!」
「うるせぇよ! 喧嘩両成敗だ、バカ野郎!」
そう言って俺は、残る右手を大きく振りかぶり、それで力を込めて彼女の尻を数発叩いた。
パァーンといういい音と、彼女の絶叫が同時に、村の広場に響き渡った。




