第十一話 事実確認
……我ながらうまいことを言ったなと思うが、クレイリーファラーズには華麗にスルーされてしまった。彼女はテーブルの上に乱雑に置かれていた小袋を大袋の中に次々と仕舞っていく。
「さてと……他に何か聞きたいことはありますか?」
「聞きたいこと……と言われても……」
「まあ、そうですよね。あなたに聞くのが間違っていましたよね。ええと……伝えることが多いので、何から話せばいいですか……」
彼女はふぅ、とため息をついた。そんな様子を見ながら俺は、何だか申し訳ない気持ちになってくる。しかし彼女は、そんな俺に全く気を使うことなく、淡々と話を再開し始めた。
「あとは……っと。生活用品については、足りない物はあとで村まで買いに行けばいいでしょう。……っと、そう、食糧! 食料のことですが、ちょっと外を見ていただけますか?」
俺は開け放たれた窓の外に目をやる。
「ここからじゃ見にくいかもしれませんが、外の畑には今、色々な作物が実っています。あれは全てあなたのものです」
「え?」
俺は立ち上がり、身を乗り出すようにして窓の外を眺める。確かに、広い耕作地が広がっていて、そこに米のようなものが実っているように見える。
「あれ……全部?」
「そうです。全部です」
「ちょっと待ってください。あれ全部はさすがに俺一人では収穫できませんよ」
「ああ、それは大丈夫です。あれはここの村人が収穫します」
「え?」
「あの土地は、ユーティン家の土地です。あそこだけに限らず、この村全体がユーティン家の領地なのですが、これまでは、この窓から見えている土地から収穫したものを、毎年税として子爵家に納めていたのです。ただ、今年はあなたがここにやってきたということで、その税は全てあなたに納められることになります」
「えっ……ということは……?」
「まあ、働かずに食べてはいけますね」
「マジっすかー」
「なんだかうれしそうですね? それならよかったです。いえ、貴族の世界において、こんな片田舎の一領主になるということは、貴族社会においての落後者となることを意味します。何と言っても、中央、王都で王のそばに仕えているからこそ貴族の値打ちがあるのですから。ここに来るということは、ただ死ぬまで、この村で余生を過ごせという意味になりますから、貴族として一旗揚げてやろうという野望を持っていたのであれば、お気の毒だなと思っていたのです」
「いや、俺は仕事なんかできないし、したいとも思わない。全く役に立たない俺にとっては願ったり叶ったりの生活ですよ! スローライフじゃないですか! 最高ですよ!」
「すろーらいふ? ……よくわかりませんが、気に入っていただけたのなら、それはよいことです。何となく、で選んだことですが、それでも己の慧眼を褒めたいです」
クレイリーファラーズは、うんうんと一人で頷いている。
「それにしても太っ腹ですね、貴族というのは。これだけの土地と作物を全部俺にくれるとは。普通、収穫したものの中から、何割かをこちらに寄こせと言うものではないのですか?」
俺のその言葉に、彼女はハア……と深いため息をつく。この人、何かというとため息をつく。ため息つきすぎると、幸せが逃げちゃいますよ? ……と、心の中で思いはするが、当然それを口には出さず、彼女に視線を向け続ける。彼女は相変わらず面倒くさそうな表情を浮かべたまま、再び口を開く。
「そんな無駄なことをするわけはありません」
「無駄……ですか?」
「無駄です。この村の収穫物を持っていったところで、ユーティン家に利益はありません。むしろ、赤字になります」
「え? どういうことでしょうか?」
「この村の税を徴収するとして、少なくとも10人は王都から人を派遣しなければなりません。王都からこの村までおよそ10日かかります。道中は魔物も出れば盗賊も出る可能性もありますから、護衛を付けなければなりません。そうなると20人くらいになるでしょうか。この村の税収はおそらく、荷馬車10台分くらい。たったそれだけのために何人もの人間を遣わすのはむしろ、ユーティン家にとって面倒ごと以外何物でもありません。いや、この村に金や宝石が出れば別ですが、ただの食糧でしょ? お荷物です」
「そ……そんなものですか……」
「だから、あなたのような、居ても居なくてもいい四男や五男をここに遣わしているのです。四男や五男でも、見目が麗しかったり、優秀な頭脳を持っていたりすれば、養子の話もありますが、ここに派遣されたということは……どういうことだか、わかりますよね?」
「要は……顔もよくなくて、頭もそれほど良くないから、養子にも行けずに、実家から捨てられた……」
「その通りです。まあ、顔は悪いとは思いませんが、恐ろしく不器用で、何をやってもダメな人だったようですね。そのために、一緒に派遣された人々も、かなりイヤイヤ付いて行っていました」
その話を聞いて、俺はこのノスヤという男に共感を抱いてしまっていた。俺と同じじゃないか。俺はまだ、親にはギリギリ捨てられてはいなかったが、この人は親にすら捨てられたのだ。きっと、寂しい思いをしながら、この村まで旅をしていたに違いない。
「あの……この人が、どうして転生可能な状態……魂が抜けた状態になっていたのですか?」
「ああ、そのことですか。付いて来た家来に殺されたのです」
「ウエッ!?」
「家来たちも、この人について一生こんな辺鄙な村で過ごしたくはなかったのでしょう。それであれば、自由に生きていきたいと思ったのでしょうね。彼の頭を石で殴って殺し、その場で金品を分けて逃走したのです。ただ、丈夫な体を持っていたのですね。魂が天に召されても、心臓だけは動いていました。だからあなたの魂を入れることができたのです」
「俺が目覚めてから頭痛がしていたのは、そのためだったのか……。でも、待てよ? 俺がここに来るという使者も来なかったと村長は言っていたけれど、それは何でなんだ?」
「それは知らないです。おそらく盗賊に遭って身ぐるみはがれたか、殺されたかのどちらかじゃないかしら」
マジかー。何とも不運な人だったんだな……。できれば、次に生まれ変わる先では、もっといい人生を歩んで欲しいものだ。
俺は再びクレイリーファラーズに視線を向け、口を開く。
「それにしても、よくこの人を見つけましたね。すごいじゃないですか」
「ああ、たまたまです。色々と調べていたら、たまたまこの人を見つけたのです。ジジイは怒っているし、時間をかければさらに怒り出しそうだったので、これでいいかなと思ったのです。あなたの世界の人間も調べることはできたのですけれどね……私の担当ではなかったので、そちらの担当と話をしなければならないじゃないですか。それも面倒くさいですし……ともあれ、気に入っていただけて、良かったです」
彼女は初めて俺の前で微笑みを見せた。だがそれは、完全に目が死んだ状態で、ただ口元だけが笑っているという、見ていて疲れるような笑みだった。
俺はその顔を凝視することができず、思わず天を仰ぐのだった。




