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第百九話  猫じゃ猫じゃ

「きれいごとを仰るのですね」


ノーイッズ女史は再び笑みを浮かべて、俺に話しかけてくる。彼女は俺の後ろにチラリと視線を移す。おそらく、クレイリーファラーズを見ていたのだろう。その後すぐに俺に視線が戻ってきたが、またすぐに、その視線は俺の背後に移り、そのまま動かなくなった。


一体何事かと思って振り返ってみると、クレイリーファラーズがガンを飛ばしている。顎を上げて眉間に皺を寄せている。何でアンタがケンカを売っているんだ? 俺はコホンと咳払いをして、ノーイッズ女史に向けて口を開く。


「俺の返答は以上です。皇帝陛下からの書簡には誼を通じたいとありましたが、仲良くする分には問題ありません。ただ、この村に政治的な何かを持ち込まないで欲しいのです。俺が望むのは平和な暮らしだけです」


「ホホホホホホホホホー」


突然甲高い声が響き渡り、俺は驚きのあまり体を震わせながら固まる。そんな俺を意地悪そうな表情を浮かべて眺めていた彼女は、その表情を崩すことなく、小刻みに顔を左右に揺らせた。


「少しは話せるお方だと思ってまいりましたが……とんだ見込み違いでしたわ」


……俺をポンコツ領主だと思ってくれたようだ。それならば好都合だ。俺に話が通じないと思ってくれれば、この話は終わるだろう。あと少しの辛抱だ。


「あなた様は、そのお顔の下に悪魔のような表情をお持ちですわね? いえ、言葉が過ぎましたわ。申し訳ございませんでした。では、単刀直入に伺います。あなた様のお望みは、何でございますか?」


「は?」


「ユーティン子爵家の……家督でございますか? それとも、領地でございますか?」


「もしもし?」


「ハッ! 私としたことが。察しが悪くて申し訳ございません。その……家格、でございますね? その点につきましてはお任せください。皇帝陛下は、あなた様に伯爵位を授けると仰せです。おそらく、お心の中では、このリリレイス王国における爵位の向上をお望みでしょうが、その点につきましても、対処いたします。ご安心くださいませ。あなた様ご自身が動かれる必要はございません。全て我が国が動いてまいります。あなた様はただ、静観していただくだけでよいのでございます」


ものすごいドヤ顔で俺を眺めている。いや……何でこうなるんだ? 早とちりっているレベルじゃないぞ、この人の脱線ぶりは。頭が良すぎるのか? だからこんな展開になるのか?


戸惑う俺の後ろからフッフッフと含み笑いが聞こえる。これはハウオウルだ。よかった、先生、お願いします! この野郎をやっつけちゃってください!


「マダム、お前さんは実に頭の切れるお方じゃが、ちと、話が飛躍しすぎているのぅ。……そんな怖い目で睨まんでくだされ。儂はハウオウルというて、このご領主に仕える者ですじゃ。我が領主の言葉には嘘偽りはない。このお方は地位や名誉には全く無関心なのじゃ。インダーク帝国にはインダークなりの事情があるじゃろうが、ご領主をモノや金で懐柔しようとするのは、無駄なことじゃ。さりとて、この村の人々に危害を加えるようなことがあらば、今度は帝国が神の怒りに触れますじゃ。この村は、神に愛された村じゃ。あまり、迂闊に手を出さん方がよい。頭の良いお前さんなら、わかるの?」


まるで幼子に諭すように、優しい口調でハウオウルは話しかけている。素晴らしい。俺が言いたかったことを全て言ってくれた。ノーイッズ女史は、しばらくハウオウルを眺めていたが、やがてはっきりとした口調で、毅然とした言葉を放った。


「私には伴侶はおりません」


「おおう、こりゃすまんかったの」


「失礼します」


よく通る声でレークがソファーの前に置かれたテーブルに、皿を一つ静かに置いた。彼女は俺たちを見廻しながら、さらに入っているものを説明し始めた。


「こちらは、アンジュと言いまして、この村の名物です。小豆を甘く煮て、その身をすりつぶしたものを、パンの中に入れました。とても美味しいものですので、是非、ご賞味ください」


そう、これは饅頭を作ろうとして失敗したものだったのだが、村人たちには頗る好評で、いつしかこれをアンジュと呼んで、皆、好んで食べるようになったのだ。アンパンと饅頭が組み合わさってアンジュという呼び名になった……と俺は思っているのだが、真偽のほどは定かではない。


ノーイッズ女史は、そんなレークを驚いたような表情で見つめている。だがレークはその視線に気づかないのか、さらに俺たちに向けて言葉を続ける。


「あ、お茶が冷めてしまいましたね。温かいものと入れ替えますね」


そう言って彼女は俺のカップをお盆にのせ、ノーイッズのカップを取ろうと手を伸ばした。


「触らないでッ!」


突然、女史が金切り声を上げた。レークは驚いて飛びのくようにして、その場から距離を取った。ノーイッズ女史はそのレークを睨みつけながら、震える声で口を開いた。


「ふっ……不潔なっ!」


「えっ?」


「獣人など……。しかも猫……。私は猫が一番嫌いなのです! 下がらせてください! あの猫娘を下がらせてください! 今すぐっ! ああ……気持ちが悪い」


女史は両手で自分の体を抱くようにして、肩をさすっている。その様子にレークはショックの色を隠せないでいる。


「お前さん、そのような……」


「彼女だけじゃないですよ?」


ハウオウルの声を遮るようにして、俺が口を開く。ノーイッズ女史はレークと同じような表情を浮かべて、俺に視線を向ける。


「この屋敷には、彼女以外にも猫がいますよ?」


「なっ……なんですって!?」


「まず……この俺が猫背でしょ? 隣にいるハウオウル先生が猫舌……」


俺はスッと体をずらし、さらに右手で背後にいるクレイリーファラーズを指さす。


「そして……あそこにいるのは、猫かぶりです」


見る見るうちに、ノーイッズ女史の顔が青くなっていった。

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