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第百八話  使者

頭よさそうだな……。初対面での印象は、その言葉に尽きた。


今、俺の目の前には、一人の女性が佇んでいる。背筋をしゃんと伸ばし、お腹の前で腕を組んでいる。背丈はそれなりにあるが、よく見るとハイヒールようなものを履いていて、少し身長を高く見せているようだ。しゃくれた顎が印象的だが、口元は少し微笑んでいるように見える。さらには、目じりがやや下がり気味であるために、ちょっとした愛嬌も感じる顔立ちだ。茶色の髪を真ん中で分けたショートカットというヘアスタイル……。控え目ではあるが、主張するべきところは主張している……そんな女性だった。


彼女は、俺の前に現れるなり、自分は、インダーク帝国からの使者である、ブリンギン・ディア・ノーイッズだと名乗った。そして、手に持っていたインダーク帝国皇帝の書簡を俺に手渡したのだった。


帝国から使者を遣わすことを知らせる手紙が届いて二日後、昼食を食べ終わって、すこしまったりしている時間に彼女は現れた。兵士などの護衛は付けず、馬車に乗って一人でラッツ村にやってきたのだ。敵国の使者とあるからは、警護をする兵士たちを、それなりの人数を伴ってやってくるだろうという俺の予想を見事に裏切っていた。


紋切り型の口上を述べた後、彼女は俺に皇帝陛下の御意を伝えたいと笑顔を見せた。要は早く屋敷の中に案内しなさいよという意図であると解釈した俺は、お望みどおりに屋敷の中へと案内したのだった。


「すばらしいですね。とても整頓された清潔なお部屋なのですね」


「ありがとうございます」


そう言いながら俺は、彼女のために用意した椅子に座るよう勧める。いつものダイニングにあるテーブルを取り払い、そこを応接室に見立てて、ソファーに似た椅子を用意していたのだ。当然その下には、絨毯のような敷物を敷いている。これは、村長の屋敷の二階にあったもので、今回のために拝借したのだが、何故かこの部屋にちょうどいい大きさで、サイズもピッタリだったのだ。


彼女が、失礼しますと言って、見事に洗練された所作で椅子に腰を下ろす。それを待っていたかのように、何故かクレイリーファラーズがお茶を持ってきた。あれ? レークがするんじゃなかったのか? と俺は怪訝な表情を浮かべる。そのとき、頭の中にクレイリーファラーズの声が響き渡った。


『この女、体中にマジックアイテムを付けています。特に、右手の指にはめている赤い指輪は、炎を出すことができます。注意してください。あと、着ている服は、防靱性に優れていますから、剣などで攻撃しても、斬ることはできません。ただの女と思って対応すると、寝首をかかれますよ』


無言で俺たちにお茶を出しながら、クレイリーファラーズは情報を送ってくる。この天巫女がここまでまともに働くのだ。一筋縄ではいかない女性だと思って間違いはなさそうだ。


だがその後、世間話になったのだが、彼女はマシンガントークをブッ込んでくることもなく、ただにこやかに俺と話をするばかりだった。そこで、話が切れたタイミングで、俺は彼女にこの会談の真の意味を問いかけた。


「ところで、本日の御用の趣は……?」


「ノスヤ様は、この村人のお命をどうなさるおつもりですか?」


「ご質問の意味がわかりかねますが?」


「ノスヤ様は、この村の領主であられるお方。村人の命を守るべきであるし、守らねばならない。違いますか?」


「ええ、そのように思っております」


「ならば、我がインダーク帝国に降伏してくださいませ。あなた様が、我が皇帝陛下に子々孫々まで忠誠を誓うならば、陛下はあなた様を貴族の一員として迎えられることでしょう」


「私にはよくわかりませんが?」


「村人の命を守りたいと仰るのであれば、我が帝国に降伏なさるべきなのです」


「その根拠は?」


「兵力の差です」


「詳しく」


「リリレイス王国の国力の低下は明らかです。我が帝国が軍を動かせば、リリレイス王国など、数日で蹂躙されてしまうことでしょう。陛下は、あなた様の、この村における手腕を高く評価されています。このような若者を死なせるのは惜しいと仰せです。そこでこの度、リリレイス王国に軍勢を差し向ける前に、あなた様に降伏勧告を行うように、陛下直々にご命令をいただいてまいりました。我が帝国に降伏されたからと言って、現在のあなた様の地位がなくなるわけではございません。むしろ、帝国貴族の一員として、さらなる名誉を与えると陛下は申されております。リリレイス王国、ひいてはご実家であるユーティン家が、あなた様を冷遇しているのは存じております。我が帝国は、あなた様のような優秀なお方を蔑ろには致しません。あなた様の能力を存分に発揮できるように致します。そのために……」


……一体この話はいつ終わるのだろうか? 確かに、テンポは普通だが、まったくこちらから突っ込むことも、相槌を打つこともできないくらいに喋っている。これは……かなりしんどい会話だ。


「つかぬことをお尋ねしますが。あの……俺の話を聞いてもらえませんか?」


ノーイッズ女史はまだ喋っていたが、それを遮るようにして、俺は言葉をかける。彼女はちょっとイラッとした表情を浮かべた。


「失礼ですが、俺は地位や名誉に興味はないんですよ」


彼女は口を真一文字に結び、フッと息を吐き出し、俺の顔を見据えたまま毅然とした態度で口を開いた。


「それは、我が帝国に価値がないという意味でしょうか」


「ある意味では、そうかもしれませんね」


「……」


「別に俺は貴族という地位に興味もなければ未練もありません。ただ、この村の人々からは色々と助けていただきました。そのお礼というわけではありませんが、皆さんが暮らしやすいようにお手伝いをしたいなと思って日々を暮らしているだけです。これ以上のものは正直、いらないのですよね」


彼女は目を細めながら、しゃくれた顎をクイッと上げて、見下すようにして俺を眺める。一方で、俺の背中からは、小さな拍手が鳴り響いていた。おい天巫女……煽るんじゃないよ……。

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