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第百七話  もう一つの意思疎通

結局、シーズは喋るだけ喋って、そのまま兵士たちを連れて帰ってしまった。俺は唖然としながら彼を見送ったのだった。


その後、ハウオウルたちから色々と聞かれた。シーズの話がよく分からなかったが、どうやらインダークから使者が遣わされるようで、その対応については、俺に任されたと、話の中身を完全に抜いた形で彼らに伝えておいた。ハウオウルは一瞬、顔を強張らせたが、すぐに元の柔和な表情に戻って、使者の口上を聞いてから考えるしかないと言って笑った。


皆、一様に不安そうな表情を浮かべたが、どうやら戦争の話ではなさそうだと伝えると、幾分か不安は軽減されたようで、皆の表情が少し和らいだ。


俺は、ティーエンたちに今日の話は村人たちには極力内緒にしておいて欲しいとお願いし、そのままお開きとした。聞けば、兵士たちは案内した避難所の様子を見て、一様に驚いていたのだそうだ。さすがに、国内がどうなっているのかについては固く口を閉ざして教えてはくれなかったが、お一つどうぞと差し出された食べ物に、全員が手をつけていたそうで、そんなところからでも、この国の食糧事情はあまりよろしくないようだ。


皆が帰った後、俺はレーク家族やヴィヴィトさん夫婦を屋敷に招いてオヤツを振舞い、前日から準備をしてもらったことへの労いの言葉をかけた。


日が暮れて皆が帰った後も、クレイリーファラーズは帰ってこなかった。てっきりまた飲んだくれているのだろうと思い、俺は夕食を食べてワオンと共に風呂に入り、寝支度を整える。ちなみに、クレイリーファラーズの分の夕食は一応作っておいた。ウォーリアに振られてからは一見、今までの生活を続けているように見えるが、屋敷の中では自堕落な生活が戻りつつある。酔っ払って帰って来る、小腹がすいている、何もない、大声で何で何もないのよ~と叫ぶ、うるさいという流れが十分に予想できるので、その対策のためにちょっとしたおつまみ程度のものを残してあるのだ。おそらく、今夜は叩き起こされることはないだろう。


ワオンをベッドに入れ、さて寝ようかとしたそのとき、玄関の扉が開く音がした。まさかと思って部屋を出ると、そこにはクレイリーファラーズが立ち尽くしていた。


どうやら、酒は飲んでいるようだが、いつもの如くベロベロには酔っ払っていないようだ。彼女は大きなため息をついて、ゆっくりとダイニングに向かって歩き出した。そのときふと、俺と目が合った。


よく見ると、彼女の目から一筋の涙が頬を伝うのが見えた。あまりに予想外の出来事に、俺は固まる。


「どう……したんですか?」


「うっ……うっ……うっ……ううううう……」


顔をクシャクシャにして、次から次へとあふれ出る涙を一生懸命手で拭っている。そんな彼女を、まずはテーブルに座らせて落ち着かせる。


「ううう……辛い……辛い……」


いつも無責任なほどのプラス思考だったこの天巫女が、まさか辛いという言葉を吐くとは思わなかった。俺は一体どうしたのだと思いながらも、言葉をかけるのが躊躇われて、彼女を眺めることしかできないでいた。そんな俺には構わず、彼女はポツポツと今日あったことを話し始めた。


ドニスとクーペの店に避難した彼女は、早速試作段階の酒を試飲し始めたのだという。その味は到底彼女が満足するものではなく、彼らはクレイリーファラーズの注文を聞きながら、色々なお酒を造っていたのだそうだ。


ここまでは、ドニスとクーペの聞くも涙、語るも涙の悲哀物語だったのだが、ちょうどシーズがこの村を離れたのと同じころに、何とウォーリアが現れたのだそうだ。驚いたクレイリーファラーズは彼の側に座り、どうしてこの店に来たのかと理由を尋ねたらしい。すると彼はこんな言葉を吐いたらしい。


「……私に折り入って相談があると。好きな人ができたと」


「え? まさかの恋バナ? 天巫女だけに、愛のキューピットってやつですか? ……冗談です。すみません。……で、彼はなんと?」


「その彼を紹介して欲しいって……」


「ウォーリアの好きな人って……誰です?」


「ティーエンさんです」


……マジか。確かに毛むくじゃらで、ガタイがいい。あれが、タイプなのか。


「でも、ティーエンさんには奥さんがいますよ?」


「それは私も話をしました。でも彼……僕と付き合えば、人生観を変える自信があるって……」


「ティーエンさんは、今の人生もそれなりに気に入っていると思いますが……」


「だから私、必死で説得したんです。ティーエンさんは好きで奥さんと一緒にいると。二人が幸せなのに、それを壊しちゃいけないって……」


「おおう! その通り! それに、天巫女なのですから、人が不幸になることは止めなきゃいけませんよね。たとえ人の不幸が大好きであったとしても」


「……でも私、ウォーリアさんを不幸にしてしまいました。彼を泣かせてしまいました」


「え? 何で?」


「僕が間違っていたって。好きになっちゃいけない人を好きになったって。諦めたいけれど、諦められなくて胸が苦しいって……。目の前に好きな人がいるのに、触れることさえできないのが辛いって。その気持ち、ものすごくよくわかるって言ったら、私の手を握り締めて泣いてくれて……ああ、今思い出しても、涙が……涙が出てきます」


「あの……一体、何に対して涙を流しているので?」


「あなたに……あなたなんかに、わかってたまるものですか。この気持ち……。こんなに気持ちでつながり合えているのに、結ばれないなんて……辛い……辛い……。あんなに美しい人が、あんな野獣みたいな男を好きになるなんて……あんな男に抱かれる姿……いや、見たくない……見たくないわぁ。ショックだわ……せめて、どうしてもっと見目麗しい人を好きにならないのかしら……美青年同士で絡み合わないのかしら……辛い……辛い……」


「……取りあえず、今日のところは寝ましょう。明日、ゆっくり考えましょう」


彼女の話は長くなりそうだったので、俺は早々にワオンを抱っこして寝室に入り、そのまま眠りについた。


インダーク帝国から、使者を送りたいという書簡が届いたのは、それから二日後のことだった。

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