第百六話 意思疎通
「まあ、インダークに従ったところで、今のお前の暮らし向きはほとんど変わらないよ」
戸惑う俺に、シーズはにこやかな笑顔と共に、そんな言葉を吐いている。俺は呆気にとられながら彼を呆然とした目で眺め続ける。
「それどころかむしろ、今よりもいい生活になるんじゃないかな?」
満面の笑みを浮かべるシーズ。この人、自分が一体何を言っているのか、わかっているのだろうか? 俺の心の中で募る兄への不信感……。そんな俺の様子に構うことなく、彼は話を続ける。
「おそらく、インダークから爵位を与えられて、嫁の世話をされるだろうね。当然、爵位も子爵よりも高いくらいだ。最低でも伯爵くらいにはなるだろうね」
「……あの、一体何が言いたいんでしょうか?」
「最終的には、インダークを完膚なきまでに叩き潰す。そのための布石さ」
いきなり真面目な表情になって口を開いているシーズ。怖い……。何というか、纏っている雰囲気が怖い。この人はとんでもないことを考えているのが、その雰囲気からありありと察せられるのだ。彼は言った。インダークを完膚なきまでに叩き潰すと。で、あれば、なぜこのラッツ村をやすやすと敵に手渡そうとするのか。俺の頭は完全にフリーズしてしまっていた。
「我が国をここまで追い込んだインダークの手腕は見事だった。敵ながら天晴さ。でもね、僕たちも黙って見ているわけにはいかないからね。インダークにはそれなりの代償を支払ってもらうつもりなんだ。その奴らが、ノスヤ、お前のいるこのラッツ村に目を付けたのは、僕たちにとって不幸中の幸いだった。当初は大軍で蹂躙すると思っていたのだけれどね。まさかノーイッズを派遣して懐柔をしようとは正直、意外な選択だったよ。お前を懐柔して味方につけ、この村の農作物がこの国に流れ込まないようにして、兵糧攻めにする気なのだろう。よく考えたよね。ならば僕たちは、その策に嵌ってやろうというわけさ」
「あの……仰る意味がよくわかりませんが……」
「だろうね。まあ、詳しくは言えないのだけれど、僕たちの敵はインダークではない。もっと巨大な敵なんだよ。せっかくインダークが用意してくれた舞台だ……。あっとおどろく仕掛けを見せて、今やインダークごときは、我がリリレイス王国の敵にあらずと世に示す格好の好機とさせてもらおうとしているのだよ」
「……あの、やめません? そういうの?」
「……何を言っているんだ、お前は?」
シーズは驚いた表情のまま、目を見開いている。そんな様子を俺は、大きなため息をつきながら諭すように口を開く。
「前にも言ったと思いますが、なんかその……勝手に物事を決めないで欲しいのですよ。国の中枢にいるんですかね? 色々と考えなきゃいけないことが多いのはわかります。ですが、俺は全くあなたの言うことが理解できません。何かやろうとしていることはわかりますけれど、俺に一体何を求めているんでしょうか? 俺はただ、この村で細々と、平和に暮らせればいいんですよ。爵位……興味がないです。俺はただ、この村の人たちと、平凡な暮らしをしていたいのです。のんびりと日々を過ごす……。怠けているようにも聞こえるかもしれませんが、そうなるための努力はしているつもりです。俺はその……黒〇徹子さんですか? その方がお見えになっても、お引き取りをいただこうと思っています。本物同様のマシンガントークをブッ込まれるとキツイですが、何とかしたいと思っています。ひたすら耐えきれば、相手もサイボーグじゃないんだから、そのうち黙るでしょう。そのときにお引き取りを願えばいいのですから」
シーズは眉間に皺をよせながら、よく聞き取れないといった表情で俺の話を聞いている。確かに、彼にはわからないだろう。マジでそう思う。
「クロ……? マシン……? すまない、お前の言っていることが、よくわからない」
「でしょ? 俺も分からないだろうなと思って話をしていました。そう、今、思っているのと俺も同じ思いだったのですよ。何を言っているんだ? と思いましたよね? 何となく、言おうとしていることはわかるが、よく呑み込めない……って感じだったでしょ? そう、俺もそんな感じだったのですよ」
そこまで言うと、俺はふう~と深呼吸をする。何故か、このシーズを前にしたときはよく喋っている気がする。そんな俺を彼は再び、呆気にとられたような表情で眺めている。
「まか……せるか」
「え?」
「お前に任せてみよう。好きにするがいい」
半ば呆然とした表情で、シーズはそんな言葉を呟いている。俺はその意図が呑み込めず、先程シーズが見せた、よくわからないといった表情を浮かべながら、彼の話に耳を傾ける。
「お前がインダークの側につくのか、インダーク側の怒りを買う結末になるのか……。それを見てから僕たちが動くのも遅くはない。ノスヤ、この件はお前に預けよう。好きにやるがいい。すぐに戦になることだけは避けて欲しいけれど、その懸念は杞憂に終わるような気がする……。けれどもノスヤ、ノーイッズ女史との話し合いの結果は、僕に知らせて欲しい。何もノスヤが使者を遣わす必要はない。また改めて人を寄こすよ」
そう言って彼はゆっくりと立ち上がる。
「ウフフ。ノスヤがこの状況からどんな結末を導き出すのか……。それが見えないだけに、楽しみだ。頼んだよ、ノスヤ」
彼は気味の悪い笑みを湛えたまま踵を返し、玄関の方向に歩いて行った。




