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第百五話  密談

「いや、すまなかったね」


屋敷に入ってきたシーズは、ゆっくりとテーブルに腰を下ろす。しまった。ワオンを抱っこしたままだった。今から外にいるレークに預けようかと思ったが、彼女は俺にしがみついたまま、離れる気配がない。俺の動揺がそのまま彼女に伝わってしまっているように見える。仕方がないので俺は、取りあえず心を落ち着けるためにダイニングに向かう。そんな俺の様子を察してか、背中越しに彼の声が聞こえてくる。


「ああ、お構いなく。気を使う必要はないよ」


俺は苦笑いを浮かべながら、レーク親子が作ってくれたスープにスプーンを添えて彼に出す。レークたちはスープを持って兵士と共に避難所に行ってしまったが、出ていく前に俺たちの分を皿に入れて残してくれていたのだ。しかもまだ温かい。さすがに直前まで温めていただけある。俺は一瞬、火魔法でグツグツになるまで温度を上げて、彼の口の中を火傷させて喋れなくしようとも考えたが、瞬時にそれを止めた。そんなことをすれば、さらにややこしい事態を招くのはわかり切っていたからだ。


シーズは目の前に出されたスープを意外そうな表情を浮かべながら眺めている。


「へぇ……ずいぶんと用意がいいね」


「いや、寒い中を来られるのです。少しでも温まってもらおうと思いまして」


「ふぅ~ん。それに、部屋も暖かい……。もしかして、これも僕たちが来るから部屋を暖めていたというのかい?」


「否定はしません」


「……目の前に座っているのは、確かにノスヤだけれど、話をしているとまるで別人と話をしているみたいだ。……いや、これは褒めているんだ。ここまで人間が変わるものか? 全く、お前と会うと驚いてばかりだ」


……背筋がゾッとする。目が全然笑っていない。努めて冷静に俺という人物を観察していることがよく伝わってくる。俺は何も言い返すことができずに黙っているしかなかった。喉がカラカラに乾く。


彼は相変わらず口元だけ笑みを浮かべたまま、じっと俺を見つめている。俺はその沈黙に堪えられずに、シーズに向けて口を開く。


「でっ……で? はっ……話とは……何でしょう?」


「いや、何も畏まる必要はない。ちょっとお前にどうするべきか、相談したいことがあってね」


「避難所の件ですか?」


「上手くいっているのだろう? いや、言わなくてもわかるさ。この村は実に落ち着いている。何か問題が起こっているのであれば、もっと殺伐とした雰囲気になっているはずだ。だが、この村にはそれを一切感じない。その上、冒険者たちの数がかなり増えている。この国でこれだけに賑わいを見せている村は、数える程度しかない」


「……やはり、国中で飢饉が発生しているというのは」


そこまで言うと、シーズは俺から顔を背け、あらぬ方向に視線を泳がせた。雰囲気として、これ以上聞いてくれるなと暗に言っているように見える。俺は敢えてそれ以上言葉を続けるのを止め、抱いたままのワオンをやさしく撫でた。


「……国のことは、僕の仕事だ。お前は、この村のことだけを考えていればいい」


小さな声で、だが、吐き出すようにシーズが話をしている。俺は何と答えていいのかが分からず、ワオンを撫で続けた。


「正直、この村もどうなることかと心配していたのだけれど、杞憂に終わりそうだ。お前は優秀な政治家であるようだ。そのお前を見込んで、相談があるんだ」


「何でしょうか?」


「しばらくすると、インダーク帝国からこの村に、使者が遣わされる」


「え? どういうことでしょう?」


「つまりは、インダークはこの村を侵略せずに、懐柔することを選んだというわけさ」


「懐柔?」


「使者には、ブリンギン・ディア・ノーイッズ女史が立つという確かな情報を得ている」


「ノーイッズ?」


「インダーク皇帝の娘であるラディー妃殿下の家庭教師を勤める方だが、お前は知らないかい? ……その様子じゃ知らなさそうだね。それならいい。何せ、ノーイッズ女史の交渉術は近隣諸国に鳴り響くほどの能弁ぶりだ。その女史をどうするのか、それを相談しに来たのだ」


……正直言って、俺が一番苦手とするタイプの女性だ。何となく、シーズの話を聞く限りでイメージするのは、黒〇徹子だ。髪型はタマネギのような形だろうか? あんなオバサマにしゃべりかけられたら、気が付けばすべての事柄に同意してしまっていそうだ。ああ……何て怖い。


「ノスヤ……聞いているのか? ノスヤ?」


シーズの声で我に返る。うろたえる俺に、シーズは目を細めながらさらに口を開く。


「おそらく女史は、人払いを求めてきて、お前と一対一の話し合いを求めてくるだろう。ああ、暗殺の類は心配しなくていい。インダークも、神の加護を受けているこの村の領主の命を奪って、神の逆鱗には触れたくないだろうからね」


そう言って彼はフッフッフと笑う。その様子を見ながら俺は、背筋を伸ばしながらちょっと申し訳なさげに、彼に尋ねた。


「で、その……相談というのは?」


「ああ、インダークの属国になった後の話だ」


「はあ? 属国?」


「おそらくお前は、ノーイッズ女史に懐柔されるだろう。そして、我が国から寝返って、インダークの属国となるだろう。問題はその後だ」


彼はフッと笑みを浮かべると、俺の目をじっと見つめ、そして、衝撃の一言を放った。


「インダークの属国となって、あの国の情報を、僕に流して欲しいのだ。つまりは、二重スパイをやってもらいたいのさ」


俺はシーズの言う意味が呑み込めず、目の前が真っ暗になりそうなのをやっとのことで耐えるのが精いっぱいだった……。

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