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第百三話  餅つき大会

年が明けた。ラッツ村は雪に覆われているが、村の中は例年になく賑やかになっている。それは言うまでもなく、避難してきた人々が大きな役割を果たしている。


彼らがこの村に来ておよそ二ヶ月。せっかくなので、この村に住む人々と何か交流できることをしたいという案がティーエンたちを通じて寄せられていた。無論、個人的な交流はいくつか生まれているのだが、村全体のイベントというのはなかったことだ。俺は面白さも手伝って、彼らが出してきた案に乗ることにした。


当初の予定は、シンプルに皆で酒を飲もうというものだった。だが、それでは酒の飲めない人々は置いてけぼりだし、何より、避難してきている大半は女性と子供たちなのだ。その彼らが参加できないのは本末転倒だし、むしろ、女性や子供向けのイベントでなければならないと、飲み会案は却下という方向になった。


次に考えたのは、年が明けるということもあり、せっかくなので、皆で餅つきをしようという案だった。これならば、女性や子供たちも参加できるし、酒も飲もうと思えば飲める。これで行ってみようと決まったのが、年が明ける一週間前。前世ではクリスマスを祝っている頃だ。そこからもち米などを用意して、ティーエンが切株をくり抜いて臼を作り、避難所の大工連中が杵を拵えていった。


結局、一部の人々にはかなりの負担を強いてしまったが、年が明けて三日目の朝、餅つき大会は始まった。といっても、皆、餅などついたことなどなかったため、俺が見本を見せた。パートナーはもちろんクレイリーファラーズだ。別にネタ合わせをしたわけではないのだが、餅を搗くと見せかけて彼女の手を打つという小ネタは、何度やっても皆を爆笑の渦に叩き込んだ。クレイリーファラーズ、やっぱりお前さんは、やればできる子なのだ。


そんなこんなで、あちこちで餅つきが始まる。子供たちがよろよろと杵を持ち、それを母親が後ろで支えながらペタペタと餅を搗く様子は、とても微笑ましいものだった。つきあがった餅を塩や砂糖、あんこなどで味付けしながら皆で食べる。一番人気は、やはり「あべかわ」だった。


この世界でも大豆は獲れる。これを乾燥させて炒って皮を剥き、石うすですりつぶすと、きな粉そのものができあがった。それを砂糖と少量の塩を混ぜて提供したところ、あんこ以上に住民は気に入ってくれたのだ。


実はこの餅つき大会は、村長の家で行った。一時期は廃墟同然になっていたが、この餅つき大会の企画を聞いた、避難所にいる大工たちがコツコツと修理してくれ、中も女性たちがきれいに掃除してくれたおかげで、元の佇まいを取り戻していたのだ。


俺はワイワイと餅つきをする人々の様子を見ながら、この屋敷を眺める。下手をすると、俺の屋敷より広いのではないかと思われる建物だ。玄関を入るとすぐに広いダイニングがある。その奥にはキッチンがあり、さらには、村長の執務室と寝室の二部屋がある。この部屋たちもかなり広く作られている。当然、お手洗いと洗面所もきちんと備えられている。


玄関脇の両端から伸びる二つの階段は二階に通じていて、そこには倉庫のような、だだっ広い部屋になっている。そこは元々収納庫になっていて、村で開かれる催しもので使う飾り物や、村長の衣装などの生活用品から、彼がせっせと集めた大きな壺や、何やらライオンのような魔物の彫り物といった骨董類までもが収められていた。レークはその片隅で生活していたそうで、言ってみれば、彼女はこの部屋のドアに近い所に控えていて、来客時の受付と同時に、村長の骨董を守る警備員を担っていたのだ。さらには、村長の料理などの家事や雑用を一手に引き受けていたのだ。わずか10歳の少女にそこまでさせていたとは、それを最初に聞いたときは、さすがに驚きを隠せなかった。だが彼女は、淡々と仕事ですからと言い切って、笑顔を作って見せたのだった。


ちなみに、二階の骨董類は、大きな壺などいくつかの物がまだ残っている。さすがに大きすぎて持ち出せなかったのは容易に想像がつくが、これらも、機会があれば売ってしまおうと思っている。


そんな村長の家だが、ここを何か有効に活用できないかと考えていたのだが、俺の頭にふと閃くものがあった。ここを病院として活用するのだ。


この世界では魔法が発達していて、大抵の傷や病気は回復魔法で治癒できてしまうが、病気になると魔法では完全に治癒することはできない。そのために、この世界には薬師と呼ばれるスキルを持った人々がいて、いわゆる内科医の役割を担っている。この避難所にも薬師のスキルを持つ女性が2名いて、現在では彼女の部屋で治癒が行われている状態だ。


だが、所詮は避難所の部屋の中であり、道具も揃っていないことから、彼女たちができる治癒は限られたものになっていた。この村には薬師はおらず、薬は旅の商人から買うのが一般的だった。この村としても常駐の薬師がいて欲しいというのは、願ったり叶ったりなのだ。


この餅つき大会が終わったら、ティーエンたちに提案してみよう。そう考えていた俺に、一通の書簡が届いた。それは兄、シーズからのものであり、近日中にこの村に視察に来るというものだった。俺の背筋が、無意識に震えた……。

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