第百二話 冬来たりなば春遠からじ
「よ……よかったじゃないですか。おめでとうございます」
正直俺は、上手くいく可能性は9対1でダメだと踏んでいた。だが意外にも、ウォーリアはクレイリーファラーズのことが好きなのだという。驚きの方が先に立ってしまう。
俺の祝福の声に、クレイリーファラーズは答えない。ひたすらグスン、グスンと鼻を鳴らしている。
「でも……ダメだって……」
「え?」
「私とは……ダメだって……」
「あの……詳しく……」
「ゴリゴリの……毛むくじゃらじゃないとダメだって」
「どういうこと?」
クレイリーファラーズ曰く、彼女は昼食時間を見計らって、腕によりをかけたお弁当をウォーリアに手渡したのだと言う。彼はいつものようにお弁当を食べながら、美味しい美味しいと言ってくれていた。そして、肉はフライパンを温めてから焼くといいですよ、などとアドバイスをしてくれたのだそうだ。
「……そこまではよかったのです」
「ふんふん、それで?」
昼食を食べ終わった二人は、そのまま一旦別れた。俺からすれば、そのタイミングで行くべきじゃないのかと思ったが、そこは彼女の戦略もあることだし、敢えてここでは口を出さなかった。
その後、クレイリーファラーズは一旦屋敷に帰って来て、そこで昼寝をしたのだという。俺のベッドを無断で使っているが、敢えてここでは突っ込まないことにする。朝早く起きてお弁当を作り、緊張の午前中を過ごしたために、よく眠れたのだそうだ。そして、夕方になって、レークに起こされたこの天巫女は、再び化粧を直し、午前中に着ていた服をもう一度着て避難所に向かった。そこではすでに炊き出しが始まろうとしていたそうで、その中にはウォーリアの姿もあった。
彼女は彼を連れ出し、村長の屋敷の裏手で、愛を告げた。
「どんな風に言ったのですか?」
「あなたの傍で……毎日食事を作りたい……あなたの喜ぶ顔を見たいと」
「おおう。あなたが毎日家事をできるかどうかは置いておいて、持って行き方としては間違ってはいないと思います。で、それで?」
「ありがとうございます、と。僕もかわいいあなたを見ていたいと言われました」
「……大成功じゃないですか」
「……続きがあるのです! で、ゆくゆくは結婚したいと言ったのです」
「うん、そうなりますよね、話の流れとしては。で、彼は何と?」
「結婚はできないって」
「え~何で?」
「男の人じゃないとダメだって……」
「は? どういうこと?」
「女の人じゃダメだって……。ゴリッゴリの毛むくじゃらな大男じゃないとダメだって……」
「まさかの……組合の方でしたか……」
「お互い、気持ちは伝わり合っているのに……。お互いがお互いのことを好きだと思っているのに……繋がり合えないなんて……残酷だわ……残酷すぎるわ……」
そう言って彼女はさめざめと泣いた。俺はかける言葉が見つからず、しばらく彼女の様子を眺めていたが、やがてキッチンに向かい、夕食を作り始めた。
俺が作ったのは、チャーハンだった。肉とネギくらいしか入っていないシンプルなものだったが、我ながら上手にできたと思える出来栄えだった。
俺はまだグズグズと泣いているクレイリーファラーズの前にそれを置き、ワオンのところにも皿を置いてやる。
「さ、ワオンも食べな? お腹がすいただろう?」
「にゅー」
彼女はチャーハンを勢いよく食べ始めた。それを見ながら俺は、セルフィンさんの店からもらってきた、今日の昼食に食べる予定だった料理をワオンに分けてやる。
「今日はパパコピアだったんだな。ちょっとチャーハンとは合わないかもしれなけれど、よかったら食べな」
「きゅー。んきゅきゅ」
彼女は大喜びでそれらを食べている。ちなみに、パパコピアとは、いわゆるグリーンカレーのようなもので、なかなかスパイスの効いたドロドロのスープの中に、ジャガイモやニンジンなどが細かく刻まれた根菜類と、何かの魔物の肉が入っている。これを硬いパンに付けて食べるのだが、コイツが滅法美味いのだ。ちょっとピリッと辛めのスープとパンがとてもよく合う。栄養価も高いようで、俺は大好きな一品なのだ。
そんなワオンの様子を見ながら俺は、再びクレイリーファラーズの前に座る。
「まあ、泣くのはそのくらいにして、少し食べたらどうですか? 今日一日、何も食べていないんじゃないですか?」
「……」
「あ、無理しなくていいですよ? チャーハンが嫌なら、パパコピアもあります。好きな方を食べてください」
クレイリーファラーズは、しゃくり上げながらスプーンを手に取り、チャーハンを食べ始めた。
「……おいしい」
「そいつはよかった」
彼女は無言でチャーハンを口に運び、あっという間に完食してしまった。そして、パパコピアに視線を向け、無表情で無言のまま、それも淡々と食べ、完食してしまった。どうやら、体は十分に元気なようだ。
「これから私……どうしよう」
「ウォーリアのことですか? いいじゃないですか。友達として付き合えば」
「……」
「それに、組合の方なのでしょ? まさしく願ったり叶ったりじゃないですか」
「どういう意味ですか?」
「BLが好きなのでしょ? あなたの目の前で男の純愛が展開される可能性があるということじゃないですか。まさに願ったり叶ったりでしょ?」
その瞬間、彼女はバンと机を叩いた。
「誰でもいいってわけじゃありません! 私だって好みというものがあります! 誰が毛むくじゃらの男との愛など、見たいと思うものですか!」
泣いたおかげで化粧が完全に取れている。いつものクレイリーファラーズがそこに居た。




